「さっきのことは忘れましょう! 私たちも行きましょうか!」
出発の準備を整え、リディアとアーノルドが宿を出て行こうとしたとき、ふと入り口近くの掲示板にたくさんの張り紙がしてあることに気がついた。
「急募!」とか「助けてください!」という文字が目に入り、二人は思わず足を止めて見入ってしまった。例えば、
「急募! ドラゴン討伐隊! レベル30以上の弓使いよ、ぜひ我々とともにゼグンダ洞窟にいるドラゴン退治を! 連絡は宿屋にいるハチベルまで」
「助けてください! 私たちの農園が毎日のように魔物に荒らされています。腕に自信のある勇者の皆さん、レベルは問いません。魔物を追い払ってください。魔物の巣も退治してくれるとありがたいです。報酬は相談で。ポンボール近くのベス農園」
といった具合だ。
ついさっきまでここにいた勇者たちは最悪だったが、中にはこうやって協力し合っている人たちもいるんだ……町の人たちも勇者を頼ってこんなお願いを……数多くの勇者の誕生に立ち会ってきたリディアにとって、それは少し嬉しいことだった。
そんな中、リディアの目に一枚の張り紙が飛び込んできた。
「一緒にレベル上げをしてくれる先輩勇者募集。弱い僕ですがなんでも手伝います。パーティーに入れてください。ジャスティン」
イヴァル村から来たあの痩せ細った子だ! 勇者になって間もないけど元気でがんばっているんだ……いつか一緒に旅をすることがあるかもしれないわね……生存確認ができてほっとしたリディアだった。
「みんな本気で魔物を倒そうと頑張っているんだね。そして、困っている人たちも声を上げることができるようになっているみたいだ」
アーノルドも張り紙を一つずつ眺めながら、そうつぶやいた。
「そうですね、私たちも頑張りましょう。アーノルド様!」
「あんたたちも、何かやってみたい仕事があったら引き受けてみるといいよ」
二階から降りてきながら声をかけてきたのは、体格がよくそして笑顔が似合う男、この宿の主人グラハムだった。
しかし,ニコニコした顔が階段を一歩下りるたびに曇り出す。食べかけの食事が散乱しごちゃごちゃしている部屋を見て毒づいた。
「全く,あいつらまた食べ散らかしたまま出て行って……勇者って言っても元犯罪者もいるんだろ? やりたい放題で参っちまうよ。魔物を退治するなら誰でも勇者になれるって,王様も一体何を考えてるんだ! あんたたちもそう思わないかい? ……あ,この話他の勇者にはしないでくれよ。だいたいさ……って,これはアーノルド様。失礼いたしました!」
散々喋った後に相手がアーノルドとリディアだということに気がついて、グラハムは一歩下がって深々と礼をする。
「すんません、今の話聞かなかったことにしてください」と言うと「気にしないで」とアーノルドが優しく声をかける。彼は笑顔で話を続けた。
「アーノルド様も勇者として魔物退治をされているんでしたね。町中の噂ですよ。どうですか、調子の方は?」
「そうだね、最近勇者になったばかりだから……まだなんともいえないよ。」
「そうでしたか……最初のうちはラビティ狩りなどおすすめですよ。西の森に
たくさんいますからね、奴らはあんまり攻撃もしてきませんから」
一瞬、アーノルドとリディアの顔が曇った。しかし、その表情の変化に気づかぬままグラハムは続ける。
「今ではレベル50越えの勇者様もおりますよ。たまにここにも顔を出してくれます。」
「そうなんだ……すごいね」
「ええええ、何でも西の街道の魔物をほとんど倒し、今度は暗黒山脈付近の魔物の討伐に出かけるとかいってましたよ!」
「その暗黒山脈の向こうに魔王がいるのかな?」
「確かではないですが、暗黒山脈の向こうにある魔の森、さらにその奥深くに魔王城がある、と勇者様たちの間で噂ですね。」
「道のりは大分険しそうだね」
たくさんの勇者たちが、かなり戦果をあげているんだ……もしかしたら、本当に魔王を倒せるのかもしれない……。
そういえば、勇者の間で会った賞金首のガルシア……あいつも勇者になったけどどうしているのだろうか……。まさかレベル50の勇者ってガルシアのことじゃ?
考えられないわけではない。あの怪力ならどんな魔物とも対等に戦える気がする。リディアがそんなことを考えているうちにアーノルドとグラハムの会話が終わったらしい。
「……では、お気をつけて。そうだ,アーノルド様,できればもっとまともな勇者たちにこの宿を紹介しておいてください」
「わかった。また、お邪魔させてもらうよ」
グラハムは「さ、後片付けするか!」と去って行った。
リディアがふう、と息を吐くとアーノルドが掲示板を指差して言った。
「これ、引き受けてみないかい?」
指さされた張り紙をリディアは思わず二度見した。そして思わず
「え……骸骨の魔物を退治してくれる勇者募集!?」
と、声を出してしまった。