翌日。
「ん……ここは……」
アーノルドが目を開けると、そこは建物の中だった。
はっとして体を起こし、周りを見る。
窓から心地よい朝日が入ってきて部屋は明るい。どうやら宿屋の一室らしい。
ベッドの脇のテーブルに自身のナイフと胸当てがある。リディアの剣も立てかけてある。……彼女はいないようだ。
そして、自分がベッドに寝かされていることもわかった。ゆっくり体を動かそうとすると、右手の指先がチクリと痛んだ。
ああ,そうか。西の森でラビティに指を噛まれたんだった。……そのまま倒れてしまったのか……。情けない。ということは、リディアがここまで運んでくれたということか……。彼女にも済まないことをしたな。
アーノルドはゆっくりとベッドから降りて体を伸ばした。指以外に痛むところは特にない。何も問題はなさそうだった。
扉の向こう、さらに下の方からガヤガヤと声が聞こえる。たくさんの人が階下にいるようだ。とそのとき、扉が開き食事を持ったリディアが部屋に入ってきた。
「あ、アーノルド様! やっと目が覚めましたね。よかったぁ」
食事をテーブルに置いて、リディアが駆け寄る。
「お体は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。迷惑をかけたね。」
いえいえ、そんなこと! と笑顔でリディアが返事をする。
「この食事、アーノルド様のですからいつでも召し上がってください。私は先に下に降りてますね! ちょっとやらなければいけないことがありまして!」
そう言って、リディアは階下へ降りていった。
ぐう、とアーノルドのお腹の虫が鳴いた。そうか、昨日の昼から何も口にしていないんだった。
食事を済ませてから、アーノルドも一階へと向かった。
「ですから、私たちも同行させていただけませんか?」
「はっはっは、俺たちと同じレベルになったらいいぜ!」
階下では、リディアが屈強な勇者たちと話をしていた。そこにはこれから魔物討伐に出かけんとする戦士たちが十数名、食事をしたり、談笑したりしてくつろいでいた。当然の如く全員が勇者の腕輪を身につけている。
二階から降りてきたアーノルドに部屋中の勇者たちが視線を向ける。
「おっ、王子様の登場だ!」
「女の子を連れて魔物退治なんて、いいご身分だなぁ!」
「嬢ちゃん、王子様と一緒じゃレベルは上がんねぇぜ! 俺たちのパーティに入んなよ!」
一斉に勇者たちから嘲笑の声が上がる。そのうちの一人がニヤニヤとした表情でアーノルドに近づき、腕輪を掴みあげる。
そして球体の中にある数字を覗き込んで言った。
「オイオイオイ、この勇者様はレベル0だぜ! つまりまだ一匹も魔物を殺していないってことだ!」
またも勇者たちの笑い声が響く。
「ここら辺の魔物はほとんど狩り尽くしたからなぁ!!」
「最初から大物相手に勝負を挑んで、右手に大怪我をしたんだとよ!」
「がはははは!」
あちらこちらでアーノルドを小馬鹿にした野次が飛び交う。
バン!
リディアが両手で思いっきりテーブルを叩いた。
瞬間、部屋中が静まり返る。
そして、むっとした表情でリディアが勇者たちを睨みつけ、そのうちの一人に対して平手打ちを……しようとしたら他の勇者に腕を掴まれた。
「おっと、勇者同士の戦いは御法度なんだろ? あんたが教えてくれたことだぜ。」
「……っ!」
何も言い返せずに掴まれた腕を振り解き、リディアはただ唇を噛み締める。部屋中に重い空気が漂う。
しばらくして勇者の一人が声をあげた。
「……みんな行こうぜ。気持ちいい朝が台無しだ!」
そうすると次々と声が上がってくる。
「魔物でも狩ってストレス発散といこうぜぇ!」
「オヤジィ! この料理みんな取っといてくれよ! また今日の夜お世話になるからよ!」
「王子様もレベル上げ、せいぜい頑張ってくれヨォ!」
「ま、最初はラビティとか狩るのがいいんじゃねぇの? もう絶滅したかもしれねぇけど!」
「ガハハハハ!」
ぞろぞろと勇者たちは自分の装備を手に取ると,宿から出て行ってしまった。
「……」
アーノルドはリディアになんと声をかけていいかわからなかった。自分の不甲斐なさのせいで、彼女に恥をかかせてしまったことを悔いた。
するとリディアは両手を広げ、自分の頬を数回叩いて言った。
「あー悔しい! アーノルド様、絶対あいつらよりレベルを上げて魔王を倒しましょうね!」
「……ああ、そうだね」
少し驚いたアーノルドだったが、リディアの言動に救われて笑顔がこぼれた。