十分後、全ての準備が整いアーノルドは晴れて勇者となった。
彼の左手首には勇者の腕輪がしっかりと装備されていた。つけたばかりの腕輪は金色に輝いている。
アーノルドは満足そうな顔でその腕輪に見入っていた。そんなアーノルドを、国王は静かに笑みを浮かべながら見ていた。
リディアが帳簿をしまい、
「これでアーノルド様は勇者となりました。これからのご活躍,お祈り申しあげます。どうかご自身を大切に,無理をなさらぬよう……」
と言ったとき、国王が横から口を挟んだ。
「そうそういい忘れていた。リディア。君の勇者の間での仕事は今日でおしまいだ。これまで800人弱の勇者の手続き、ご苦労だったね」
「……え?」
リディアには突然のことで何が何だか分からなかった。
勇者の間での仕事はおしまい、つまり元の仕事に戻れるってこと? ……しかしなぜ? 何かやらかしてしまったか? ……いやいやしっかり勇者の腕輪を渡して全員勇者にしているはず……対応が遅いとか時間がかかりすぎているとか苦情が来たのだろうか?
わずかな時間の中でリディアの頭の中に様々な考えが廻った。
はっ、ガルシア!? 今日の朝、国王に会わせろと言って来たあの大犯罪者の……あのことが原因? ガルシアは国王に会ったのだろうか? 会ったとしたら、何を話したのだろう……私のこと?
そう考えるうちにリディアの顔がみるみる曇っていった。眉間にしわを寄せて,目線が下を向く。そんなリディアの気持ちを察したのか国王が続けた。
「心配しないでくれ。君には他の任に就いてもらおうと思ってね」
国王がリディアに近づく。そして、傍らに並べてあった勇者の腕輪を一つ手に取るとリディアの左腕に取り付けた。
「リディア、君も今日から勇者となり,アーノルドを支えてやってくれないか」
「……え?」
想像すらしていなかった事態に、リディアの声は裏返った。
「勇者の間の後任は既に決定してある。数日あれば、引き継ぎも終わるだろう。心置きなく魔物退治に出かけてくれ。もちろん王宮の自室はこれまでどおり使って構わない。身分もこれまでどおりでいいし,給料もちゃんと出し続けるから」
「……え? ええ?」
国王と自分の左手に付けられた腕輪を交互に見ながら、未だに理解できていない様子のリディアにアーノルドが言った。
「これから一緒に魔王を倒す旅に出よう,リディア!」
こうして、リディアとアーノルドの長い長い旅が始まるのであった。