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第6話

「はい、この腕輪をつけて」


 ジャスティンはリディアから受け取った腕輪を左手首に取り付けた。細い手首にがっしりとした腕輪はいささか不恰好で、すぐに抜け落ちてしまいそうだったがそれでも彼にとっては十分だった。


「これで晴れて勇者となりました。腕輪を見せれば宿代はただになるし、武器や防具も割安で購入することができるわ」


「ありがとうございます」


「ただ、食事代は別だから気をつけてね」


 そしてリディアは帳簿をしまい、一枚の紙切れをジャスティンに手渡した。


「じゃ、これから勇者としての心得を話します。しっかり覚えてね」

「はい」


「まず、規則から。一つ、勇者はこの国の平和のために魔物と戦うこと。二つ、勇者は国民を傷つけてはいけない。ただ犯罪者は別。遠慮なく打ちのめしていいわ。三つ、勇者同士で戦ってはいけない。もしもそうなってしまった場合、勇者の資格を失うので気をつけること」


「あの」

ジャスティンが割って入った。


「もしも戦いを挑まれてしまった場合はどうするんですか?」


 心配しなくても誰もあなたを倒そうなんてする勇者はいないわよ、という思いは胸にしまったままリディアは答えた。


「その場合でも二人とも勇者の資格は失うわね。戦いを挑まれても拒否して逃げればいいわ。ま、その前に勇者になるだけでいいことづくめなんだから、自分から資格を失うような愚か者はいないでしょ」


「わかりました」


「四つ、勇者の腕輪は自分の戦歴を示す重要なものなので常に装備しておくこと」


 これらの文言はリディアにとって何度も繰り返し伝えてきたもので、ほとんど暗記していた。暗記してしまったという方が正しいかもしれない。


「勇者はテレジア王国の全ての都市の宿に無料で泊まることができるようになります。ああ、さっきも言ったように食事代は別だからね。武器や防具も特別価格で購入できるようになるわ。だけど、腕輪をつけて勇者であることをしっかり示さないとだめよ。そして……レベルについてだけど」


 リディアはジャスティンの腕輪を掴み、その中心に埋め込まれている球体を見せながら続けた。


「この腕輪は魔物を倒した際に出る気を吸収するようにできているの。どういう原理なのかはわからないけどね。その気をどれだけ吸収したかによって、あなたのレベルが決まるのよ」


 腕輪には0の数字が浮かび上がっていた。


「レベルはまだ0ってことですね」

「そう。魔物を倒すと数字が変わっていくはずよ。その数字が高いほどより勇者としての位が高いということになって、さらに特定のレベルに到達すると国から報酬が与えられることになってるの。ここ、勇者の間で渡すから忘れずに取りに来ること。報酬については……さっき渡した紙に書いてあるから読んでみてね」


 説明を聞きながら、ジャスティンは興味深そうに腕輪に埋め込まれた球体を眺めていた。割れ物を扱うかのようにそっと人差し指でなでてみたり、部屋の明かりに透かしてみたり。

 そんな姿を見て、本当にまだまだ子どもじゃないとリディアは思った。


 「ありがとうございました。これから勇者としてがんばります」


 「……期待しているわ。くれぐれも魔物には気を付けて」

 「はい」


 深々とお辞儀をして、ジャスティンは出て行った。リディアの最後の一言は本心だった。

 あんな小さい子が魔物を狩れるなんて到底思えないけど、せめて生き延びてほしい。そう思った。



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