そんな心の声が聞こえるわけもなく、セスはシャールの側に来てその手を取る。そして手の甲に口付けを贈った。
「心配することはない。全部俺が教えてやる。発情期を起こす薬もあると聞くからすぐ用意させよう。……優しくするから怖がるな」
(~~~~!!!)
背中にゾワゾワと悪寒が走る。それと同時に全身に鳥肌が立った。
「ふふ……震えているのか?シャールはうぶだな。可愛らしい」
「殿下!はしたない真似はお控えください」
「分かった分かった。今日のところは夕食を共にするだけで我慢しよう」
(それさえも嫌だけどな?!)
「……はい」
手を取られ仕方なく食堂へと誘われるが、今のくだりで食欲など完全に無くなった。
「……殿下、皇后陛下も来られるのですよね?きちんとしたドレスに着替えないといけません」
「問題ない。母上は出かけている」
「え?」
「用があり実家に戻ると言っていた。帰りは明日になるかもな」
帰って来ない?シャールはセスの腕をぎゅっと掴んで歩みを止めた。
「どうした?」
「……陛下のお見舞いに行きたいです」
「今か?」
「はい、皇后陛下は私が陛下に会うのを嫌がられます。きっと私のことが気に入らないんだと思います」
涙声でそう言うシャールを見て、セスは眉間に皺を寄せた。
「母上がシャールを嫌うなんてことあるわけない。だがどうして見舞いを嫌がるんだろう。まあいい、会いたいならこれから連れて行ってやる」
「本当ですか?嬉しい。陛下は私が幼い頃からとても優しくしてくださいましたから、ずっとお会いしたかったんです」
「シャールは優しいな。ルーカとは大違いだ」
シャールの銀の髪を一筋取ると唇を寄せてうっとりそんなことを言うセス。シャールはさりげなく彼を押しやって陛下の部屋へと誘った。
実は城に住むようになって間も無くからメアリーに頼んで陛下の薬を取り替えていたのだ。
(ヤンと一緒に作った解毒剤。早く効いてくれたらいいんだけど)
メアリーの話では黒ずんだ爪も少しずつ元の色に戻っているらしい。……皇后を誤魔化すためにメアリーがせっせと炭を塗っているらしいが。
「この部屋だがずっと意識はないぞ。顔だけ見たら下に降りよう」
「はい」
兵士が警護をしている部屋の、重い扉を開けると甘い匂いが体にまとわりつく。
(香?病人の部屋に?薬の匂いを消すためか?)
確かに使っている毒がペルタならこれくらいの誤魔化しは必要だろう。だが実際の花の匂いを知っているシャールからすると何の隠蔽にもならない。
ペルタの花はそれほどに独特な匂いなのだ。
「陛下、シャールです。ご無沙汰しております。ご体調は如何ですか?」
部屋に入る前に頭を下げ、一度挨拶してから一歩踏み出した。
昼間なのに目が効かないほど室内は暗い。
「そんな挨拶したって父上は眠っているだけだぞ。もう行こう」
(うるさいな。一人でどっかに行ってくれてたらいいのに)
けれど意識のない陛下と二人で部屋にいたと皇后に知られたら、どんな罪を被せられるか分からない。陛下を毒殺して全部シャール、それどころかミッドフォード公爵家の責任にされかねないのだ。
「すみません、もう少し待ってください。懐かしくて……」
そう言ってシャールはそろそろとベッドに近づいた。
天蓋から垂れる布がほんの僅かに明るい。香を焚くための蝋燭だろうか。
「……失礼いたします」
シャールはそっと天蓋のカーテンを手で分けた。
「陛下……」
目の前には国王レオンドレスの姿があった。シャールの脳裏に幼い頃の優しかった彼の姿が浮かぶ。だが思い出すだけでつらくなるほどに彼の姿は変わり果て、痩せ細っていた。
(どうしてこんな目に……)
けれど未だ意識が戻らないにしては思ったより顔色が悪くない。解毒剤が効いているのだろうか。
(……それなら嬉しいんだけど)
シャールは静かにレオンドレスの手を取った。
「……陛下、シャールです。聞こえますか?」
返事はないが規則正しい呼吸に少し安心した。セスは相変わらずつまらなさそうに部屋の調度品を手に取り眺めている。
シャールはそっとレオンドレスの耳元に顔を近づけてセスに聞こえないように囁いた。
「陛下、王子を見つけました。アフロディーテ様がお産みになられた第一王子です。彼が今窮地に陥ってます。どうか目を覚まして彼を助けてください」
もちろんレオンドレスからの返事はない。
だが、ペルタの毒を摂取しているのだ。そんなすぐに目覚めるはずがないことも分かっていた。
「また参ります。必ずお助けしますから」
シャールはそれだけ言うとレオンドレスの側を離れた。
「殿下ありがとうございます」
「ああ、下に降りよう」
「はい」
アルジャーノンの行方が知れぬ今、焦りは途方もない。だが彼はきっとどこかで生きていると本能で感じる。
(……何故だろう。離れていても繋がっているこの感じ。やはりアルジャーノンは僕の運命の番なんだろうか)
アルジャーノンがアルファだとアルバトロスから聞いた時も不思議と驚きはなかった。むしろ彼の匂いや容姿、実力を考えるとアルファでないことの方が不思議だったのだから。
「……」
「……?」
いま、なにか?
「どうした?シャール?」
セスが訝しげな顔でシャールを見た。
「いえ、なにか声が聞こえた気がして」
「声?誰もいないぞ」
「そうですよね……」
そう答えたシャールはハッとして振り返った。そしてレオンドレスの元に駆け戻る。
(この場で違う声が聞こえたならそれは陛下しかいないじゃないか!)
「失礼します!」
少し乱暴にベッドカーテンを手にかけたシャールは、横たわるレオンドレスを見てハッと動きを止めた。
確かに、彼は目を開けてじっとシャールを見ていた。アルジャーノンにとてもよく似た琥珀の瞳で。
「陛下!聞こえますか?!」
シャールがレオンドレスの手を握ると微かな微笑みが返ってくる。
(ああ!ようやく目覚められた!)