「……うん、ごめんね。生きてることは誰にも内緒だったから……」
シャールの言葉にサラは大きなため息を吐いた。
「分かってるわよ。あんな大怪我をした上に命を狙われてだんだから。そりゃ誰一人にも言えないわよね。私こそごめん。シャールがつらい時に何もできなくて」
「サラ……」
「それにしてもまさかまた殿下と結婚しようとしてるとは思わなかったわ。『怪我の元凶の殿下』と」
「あはは。やっぱり噂は広まってるんだね」
「そうよ。しかもさっさと他のオメガに手を付けてるし、さらにそのオメガは能無しの金食い虫だもん。……友人たちもこの国を見限って出て行ったから随分減ってしまったわ」
「うん、そうだよね。……サラは?」
「私は……この国が好きだけど。実はお父様に勧められた縁談の相手が隣国の人なの」
(あ、これは前生でサラが惚れ込んだ人のことかな?)
「頻繁に会ってるらしいね。だからこの前のパーティには来られなかったんでしょ?よかったね」
「やだっ!もうそんな噂が広まってるの?!恥ずかしい」
頬に手を当てて顔を赤くするサラを、シャールは嬉しい気持ちで見つめる。誰よりも幸せになって欲しいと願う親友だけど別れはやはり寂しい。
「結婚しても友達でいてね」
「しないわよ。結婚は」
「え?」
驚いた。だって前生ではもうとっくに結婚して隣国に行ってしまった頃だったから。
「いずれはしたいわよ。あ、これはまだ誰にも内緒ね。でもまだ私はこの国でやらないといけないことがあるの」
そう言いながらサラはシャールの細い腕を握る。
「全部話して。あなたがしようとしている事、そして考えている事を」
「……本当に何も考えてないよ。どうしちゃったの?サラ」
「何年来の付き合いだと思ってるの?あなたは自分を裏切って逃げた相手と何でもない顔で結婚するほど生易しい人じゃないと思ってるんだけど?」
(……サラにはお見通しなんだ……)
それは嬉しくもあり悲しくもあった。こんな危ないことに大事な人を巻き込めるほどシャールは冷酷な人間ではない。
「あのね、シャール。私が隣国に嫁いだとして、それでも両親や大切な人たちはここで生きていくの。それなのに私が自分だけ逃げるような真似が出来ると思ってるならあなたを軽蔑するわ。この国はあなただけの物じゃないの」
「サラ……」
「話してちょうだい。それからのことはその後考えれば良いんだから」
「……本当にサラは凄いね」
(誰よりも勇敢で優しく、賢い僕の親友)
「分かった。もう少し待ってくれる?まだ何も始まってない。準備さえもね。その時が来たら必ず全部話すって約束するよ」
「……いいわ、あなたを信じる。私はずっとシャールの味方だからね。私だけじゃない、うちの家門もミッドフォード公爵家を支持してるわ。最後の砦だと思ってる」
「……ありがとう。僕もずっとサラや侯爵家の味方だよ」
「うん。……安心したらお腹すいちゃったわね」
「あはは、サラったら」
サラの気の抜けた一言でシャールの緊張も一気に解ける。メイドに冷めたお茶を入れ直してもらい、二人でお菓子を食べながらいつものような雑談に興じた。
「シャール様」
サラを見送って部屋でのんびりしていたシャールの元に、再びメアリーがやって来た。メアリーは皇后付きのメイドとして城に潜入しているので頻繁に会いに来ることは出来ないはずなのに。
「……何かあった?」
「ヤンから連絡が参りました。旦那様が目を覚まされたそうです」
「えっ?!」
ガタンと椅子を蹴って立ち上がったシャールはメアリーの元に駆け寄った。
「ヤンが来たの?大丈夫だった?!」
「城で使う肉を納めに来る商人に紛れていたので大丈夫です」
「もう帰っちゃった?」
「はい」
ああ、会いたかったとシャールは歯噛みする。一度帰したら戻って来ないかもしれないとセスはシャールを実家にも帰らせてくれないのだ。
「シャール様の薬が効いたらしいです。けれど背中の傷のせいか意識もぼんやりしておられるとか」
「臓器にまで達する傷ってお医者様が言ってたもんね……でも良かった。とりあえず何か口に出来れば体力も回復する」
「はい。お水も飲まれたのでこのまま少しずつお食事も取っていただく予定らしいです」
(……本当に良かった。このままお別れになるんじゃないかと怖かった……)
シャールの頬を安堵の涙が伝う。普段表情をあまり変えないメアリーも涙で目を潤ませていた。
「頃合いを見計らってご自宅にお戻りください」
「そうだね、分かった。なんとかするよ」
それまでにどこまでこの状況を動かすことが出来るか。シャールはひとまずアルバトロスに近況を伝えるべく手紙を書こうと椅子に座る。
……だが、ものの数分で邪魔が入った。
「シャール、何をしてるんだ?」
「……ご覧の通り父に手紙を書こうとしておりました。あ、ルーカならここにはいませんよ」
取り付く島もない顔でそう言うと、セスは少し寂しげな顔をしてそのまま部屋のソファに座った。
(……なんで居座ろうとするんだ。早く出て行って欲しい)
「……シャール」
「なんでしょうか」
「俺が好きなのはシャールだけだ。ルーカとは仕方なく子供を作っただけなんだ。信じてくれ」
「……そうですね子孫を残すのは王族の義務ですからね」
「そうなんだよ!分かってくれるか。でももうルーカはいらない。子供もいらないよ。シャールがいるんだからシャールだけでいい」
(……子供がいらない?何考えてるんだ)
親がどうあれ自分の子供じゃないか。生まれてくる子に罪はない。それなのにいらないと物のように言うセスに嫌悪感は増すばかりだ。
「それよりシャール、早く子供を作らないと」
「……」
(そうだった。立派なアルファを産んだ方が皇太子妃になるんだった)
そう思い出したものの、セスと子供を作るつもりなど毛の先ほどもないシャールは、なんと答えようかと考えあぐねる。
「……殿下、実は私はまだ発情期を迎えておりません」
「なんだと?まだ?ルーカの方が年下ではなかったか?」
「……お恥ずかしい話、そういったことには疎く……。まだ何も知らないのです」
「……!」
(何を想像した?このケダモノが。顔を赤らめるんじゃない気持ち悪いな!)