「皇后陛下、恐れながら私にこの部屋を使う許可をいただけないでしょうか。正式な皇太子妃はこの私だと認識しております」
「あらシャール。しばらく会わないうちにすっかり強欲になったわね。でもダメよ。ここはルーカの部屋なの」
「母上!皇太子妃はシャールです!」
「あなたの気持ちも分かるわ。じゃあこうしましょう。より優秀なアルファを産んだ方を皇太子妃にするの」
(……は?)
「母上!!俺の気持ちはもうルーカにはありません!」
「大きな声を出さないでお腹の子に良くないわ」
言い争いをする二人を見ながらシャールは絶望していた。こうしている間にもアルジャーノンはどんどん衰弱しているかもしれないのに!
だけど……。
「皇后陛下の仰ることごもっともです」
「シャール?」
「でも私も皇太子妃になりたいのです。正々堂々と勝負をしたいのですが、すでに皇太子妃の部屋をルーカが使っているのはフェアではありません」
「あら頭を使ったわね。そんなにこの部屋が欲しいの?」
「はい。ルーカもこの部屋を出ていくべきです。そして本当に皇太子妃になった者がここに住まうべきだと思います」
「……確かに一理あるわね。分かったわ、ルーカが目を覚ましたら部屋を移動させる。それでいいわね?」
「はい。ありがとうございます」
(……とりあえずこれでルーカをここから追い出せる。今夜はここまでだ)
「ではシャールには別の部屋を用意させよう。おいで」
甘やかな優しい声でセスがシャールの手を取る。気持ち悪い……そう思いながらもシャールは笑顔でセスに寄り添った。
そこにいるであろうアルジャーノンの側に、心だけを置いてシャールは部屋を出た。
新しい部屋に連れられたシャールは結局公爵邸には帰して貰えず、そのまま城に住むことになった。
アルジャーノンのこともあるし国王陛下の病状も気になるので、ひとまずここで出来ることをしようとシャールは腹を決める。
だがルーカと同じ場所で暮らすというのは精神的にとても大変で、シャールは毎日イライラと過ごしている。今日も朝からルーカがこれみよがしにゆったりした服を着てシャールの部屋に現れた。
「あー大変。赤ちゃんって重いんだね。あ、産んだことないから知らないか」
ふふっと笑うルーカに呆れながらシャールは黙って手元の刺繍に集中した。
……子供が羨ましいわけではない。ましてやあのセスとの子供なんてどう考えても望んでいない。だからルーカのしていることはとんだ的外れなのだが、ここで何を言っても負け惜しみと思われるので癪なのだ。
「それにしてもよく戻って来られたね。王子様を捨てたくせにどんだけ面の皮が厚いの。一度は逃げてみたもののやっぱり皇太子妃になりたくなったんだよね。みっともない」
「……ルーカ、少し静かにしてくれない?あんまり毎日ここに来て騒ぎ立ててると僕の部屋の方がルーカの部屋より豪華だってことを妬んでるみたいに思われるよ?」
「……っ!!」
(……図星か)
シャールがセスにあてがわれた部屋は広さこそ皇太子妃の部屋に劣るものの、室内の装飾品やドレス宝石に至るまで全てセスが手ずから選んだものだ。恐らく値段も倍近く違うだろう。
「それに早く皇太子妃の部屋を出て行った方がいいよ?そろそろ皇后陛下に怒られると思うから」
「……新しい部屋が気に入らないから別の部屋をセスに頼んでる所だ!シャールに色々言われたくない!」
「そうだったね、セスに別宮をあてがわれたんだったね?」
「……ぐっ……」
本城ではない少し離れた別の場所に建つ宮殿に移れと言われたことが相当ショックだったらしい。それもしつこくシャールに絡んでくる理由の一つだろう。
「シャールに突き飛ばされたって言ってやる。僕を妬んでシャールがお腹の子供を殺そうとしたって言うからね!」
「どうぞ」
「絶対言いつけてやるから!覚えてろ!」
とても皇太子妃候補とは思えない捨て台詞を吐き、ルーカは部屋を飛び出した。
身重でありながら走り去るルーカにシャールは一抹の不安を覚えるが、そんな事を心配したってルーカは言う事を聞かないだろう。
「シャール様、保存石に先ほどのルーカ様の声を写し取りました」
カーテンの影、ルーカからは見えない位置に控えていたメイドのメアリーがそっと半透明の石を差し出す。
「ありがとう、メアリー。大丈夫だと思うけど保険はかけておかないとね」
これで何があってもルーカの自作自演だと信じてもらえるだろう。シャールは頼もしいメイドに礼を言う。
メアリーはゴートロートの城で勤めていたメイドだ。ただのメイドではない、いわゆるゴートロートが影と呼んでいる身の回りの厄介ごとを片付ける事を専門にしている者たち。
そもそも王城にもアルジャーノンの件で忍び込んでいたのをヤンに紹介して貰ったのだ。
「でも石に声を吹き込めるなんて不思議なことができるんだね。メアリーは凄い」
「いえ、私は元々隣国エイガーの住人でした。そこではこのような力を持った者が一定数おりましたよ」
「そうなんだ。魔法使いみたいで素敵だね」
「……恐縮です」
褒められて照れくさいのか、普段の無表情からは考えられない笑顔のメアリーをシャールは可愛らしいと思った。
「シャール様、本日の昼食はどうされますか?」
「あ、今日はサラが会いに来てくれるんだ。庭に用意してくれる?天気もいいし薔薇も見頃だから」
「承知しました」
(本当なら一番に連絡しないといけなかったのに……)
大親友のサラとようやく会える嬉しさに、シャールもその顔に柔らかい笑みを浮かべた。
「ほんっとに!!この子は!!」
「……ごめんなさい」
怒られるとは思っていたがサラの怒りは想像以上だ。シャールは無いはずの尻尾をくるんと丸めて足の間に挟む。
「反省してる?!私がどんな気持ちで過ごしてたか分かってる?!」