慌てて部屋を出ていくベラと一緒に、神官や医者も姿を消した。残されたルーカがなんの舞踏会か侍女に尋ねるとシャールが王都に戻ってきた祝いだという。
「シャールの奴、やっと帰ってきたんだ……それにしても祝いの舞踏会なんてふざけてる。そう思わない?」
侍女はルーカの機嫌を損ねないように慎重に「仰るとおりです」とだけ返事をした。なにしろ時期国王になるかもしれない子供を身籠っているのだ。うっかり興奮させて流れでもしたら家族もろとも打首だ。
「まあ戻って来たんだったらこれからはしっかり僕の代わりに働いてもらおう。ふふっこれからは楽できるぞ」
……誰の代わりに働くですって?ルーカが働いているところなんて誰もみたことがないのに。侍女はそう思うが当然ながら口には出さない。まだまだ若いのだ。命は惜しい。
「でもせっかく戻って来たのに側室だもんね。可哀想~。シャールは僕の大きいお腹を見て悔しがるかな。それにしてもセスのところに戻って来たってことはやっぱりアルジャーノンとはなんでもなかったんじゃないか。……よかった」
ルーカは大切な自分のお人形のことを思い出してうっそりと微笑む。もう怖いものはない。自分は皇太子妃、そしていずれ皇后になるのだ。
「もう寝るよ。お腹の赤ちゃん大事にしないとね」
「はい、お手伝いいたします」
従順な侍女は手早く寝巻きを用意してルーカに着せつける。しかし何度見てもオメガの体とは本当に不思議だ。美しくはあるがどう見ても男の体なのに妊娠するなんて。
「もういいよ。お前は余計なことを言わないから気に入った。明日からは僕の専属侍女になるように」
「……は、はい。ありがとうございます」
気を使いすぎたのが仇となった。これから毎日死ぬような緊張を味わいながら生活をするのか……。侍女のアリアは絶望に打ちひしがれた。
もちろん顔には出さないが。
「掛け布団をおかけいたします」
「うん」
「おやすみなさいませ」
こうして侍女のアリアはルーカの専属となるが、これが彼女の運命を大きく変えてしまうなんて、この時の彼女は夢にも思っていなかった。
パーティも終わり客たちは皆引き上げてしまったが、案の定シャールは王城の一室に留め置かれていた。セスが帰してくれなかったのだ。
「もう結婚してもおかしくない年だ。元々婚約していたんだしこのまま城に住むといい。早速結婚式を挙げよう」
嬉しそうなセスとは裏腹にシャールは思ったより事が運ぶのが早いことに焦りを感じた。
「……ここに住むのは構いませんがルーカのことはどうなさるおつもりですか。まさか一緒に暮らすわけではありませんよね」
「……ルーカのことはちゃんとするからもう少し待ってくれないか」
「ちゃんと、とは?」
「だから……このまま放り出すわけにもいかないじゃないか。側室にするならするで……」
「側室?」
シャールはわざと冷たい顔でセスを見た。
「側室がいるなら僕は必要ありませんね?」
「シャール!!そんなことを言わないでくれ!」
セスは今にも泣きそうな顔で顔を覆う。そこにシャールは畳み掛けるように言葉を続けた。
「それに側室なのに皇太子妃の部屋を使っているのが癪に障ります。僕を迎えたいのであれば早く追い出してください」
「シャール……俺を困らせないでくれ……」
もっと困ればいい。シャールは黙ってセスの出方を見ていた。早くルーカを追い出してあの部屋に囚われているであろうアルジャーノンを助け出さなければ。シャールの胸にあるのはそのことだけだった。
「もし出来ないのなら婚約を解消してください。オメガが必要ならルーカ一人で事足りるはずです。今夜はもう帰ります」
「帰るってどこへ?!オメガが欲しいんじゃない!シャールが欲しいんだ!そんなことを許さない!」
立ち上がるシャールにセスは慌てて追い縋る。今帰したら二度と会ってくれないのではないか。そんな思いがセスの胸中を駆け抜けた。
「じゃあルーカを追い出してくれますね?」
「いや、それは……」
(いや、待てよ?確か今日は神官が来てたはず。ルーカはまた子供を失って泣きながら過ごしているだろう。俺が行けば大暴れするはずだから兵士に拘束させて牢にでも放り込もう。頭が冷えたら別の部屋に戻せばいい)
「分かった。ではルーカにそう伝えに行こう」
「お供します」
打って変わったシャールの笑顔に、セスは先ほどの焦りなど忘れ、幸せな気持ちになった。
うきうきシャールを連れて皇太子妃の部屋まで行くと、ドアを開け、大声で叫ぶ。
「ルーカ!」
だがそこにいたのはルーカではなかった。
「母上、どうしてここに」
予想外のことにセスはひどく驚いた。
「一体こんな所で何をしてるんです。ルーカは?」
「さっき眠ったわ。妊娠中はやたらと眠くなるのよね。あなたがお腹にいた時もそうだった。懐かしいわ」
「……母上、神官が来ていたはずですがルーカのお腹の子は……」
「元気に育ってるらしいわ。生まれるのが楽しみね」
「そんなはず!……」
セスは慌てて言葉を飲み込む。自分の後ろにはシャールがいるのだ。こんな話、何があっても聞かせる訳にはいかない。
「あらシャール?」
「皇后陛下先ほどはご挨拶も出来ず大変失礼いたしました」
「いいのよ。セスはあなたのことが心配で心配でたまらなかったみたい。早々に控え室に戻ったと聞いて微笑ましかったわよ」
「……恐れ入ります」
セスと一緒にシャールも部屋に足を踏み入れた。ベッドではルーカが安らかな顔で眠っており、ベラが腰掛けている椅子の辺りには子供服が何枚も置いてある。
(なんて気が早いんだ。でもそれだけルーカが大事にされてるってことか。部屋を開け渡してもらうのは難しいかもしれない)
ふと暖炉を見ると僅かに動かした跡がある。まだ新しいそれを見てシャールの焦りは大きくなった。