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第75話 舞踏会

「……シャールがこいつらの視線で傷付かないといいんだが」


そう呟くセスは「万が一シャールにくだらない罵声を浴びせる者がいたら家門ごと潰してやる」などと物騒なことを決意していた。


「ミッドフォード公爵様、並びにご子息のシャール様が到着されました!」


会場は一気に囁き声で埋め尽くされる。シャールの姿がどうであれ実際にその場に居合わせる事が出来た自分たちは明日から茶会で引っ張りだこになるだろう。

……そしてシャールにはなんの恨みもないが、彼が酷い姿になっていればいるほどその話は面白くなる。社交界とはそういうものだ。



ドアが開き、アルバトロスとシャールが広間に一歩を踏み出した。


「……まあ」


比較的ドアの近くにいた婦人からため息が漏れる。今まであんなに騒がしかった会場から一気に音が消えた。


それほどに二人は完璧だった。


「……なんて素敵なの。まるで妖精のよう」

「シャール様は成長されてさらに美しくなられたのね……。ミッドフォード公爵様も相変わらず素敵だわ」

「あのドレス素晴らしいわね!でも着こなせるのはシャール様だけだと思わない?」


一瞬の静寂のあと、二人はあっという間に貴族たちに囲まれ、口々にシャールの美しさを讃えたり無事を安堵する声がかけられた。


「シャール!」


その人波を掻き分けシャールの元に駆け寄ったセスは、シャールの手を取りその甲にキスをする。


「よく戻ってくれた。会いたかったよシャール。二度と俺の前から消えないでくれ」


目に涙を溜めながら懇願するようにシャールの前で跪く様子に、周りの貴族たちも感嘆の声を上げた。「なんという美しい愛情でしょう」「まるでおとぎ話のようだわ」そんな声がそこかしこから聞こえ始めたがシャールは貼り付けたような笑顔のまま、ただセスを見つめている。


「シャール、無理は良くない。少し挨拶をしたら控え室で休もう」


アルバトロスからシャールを奪うようにその手を取り、赤い絨毯を進むセス。シャールは囁くような声でお礼を言い、それに従った。




「どうして生きてるって教えてくれなかったんだ?」


控え室に入るなりセスはシャールの手を握る。背中にぞわりと悪寒を走らせながらシャールは再び無言で微笑んだ。


「……シャール、どうして返事をしてくれないんだ?もしかして怒ってるのか?俺がその……ルーカと……」


「いいえ殿下」


シャールは彼の手をやんわりと払いのける。そして真っ直ぐにセスの顔を見て言った。


「殿下はちゃんとわかっておられます。正式な皇太子妃は僕だと。だからルーカが使っている皇太子妃の部屋は僕にくれますよね?」


「……それは……。ルーカはひどく精神を病んでいて手がつけられないんだ。出て行けと言っても多分無理だ。それよりもっといい部屋を用意する。なんなら宮殿を建てても……「殿下!」」


ピシャリと打つようなシャールの声にセスは驚いて言葉をなくす。……こんなに凛とした人だっただろうか。セスは燻っていた愛情がさらに燃え上がるのを感じて震えた。


「僕はあそこがいいんです。お願い聞いてくれますよね?」


「……ああ、もちろんだ」


うっとりと見上げるセスの目に映るのは、もうシャールだけだった。




「もう嫌だ!」


ルーカは癇癪を起こして部屋の中で大暴れをしていた。事の発端は、お腹の子供の様子を見るために皇后がまた神官たちを呼んだせいだ。


「いつもあの後で子供が死んでるって言われるんだ!あいつらが僕の赤ちゃんに何かしてるんでしょ?!」


……ようやく気付いたか。面倒ね。ベラはそう思いながらも神官たちを帰らせるつもりは無い。


「とにかくこの汚い部屋を掃除しないとね。元気に産まれるものも産まれなくなるわよ」


「……でも僕は絶対に部屋から出ないから!」


「じゃあまずは部屋を片付けて。そしたらここに神官を呼びましょう。部屋を出なければいいんでしょう?」


「…………分かった」


ずいぶん長くメイドさえ入れなかった部屋は酷い有様だった。割れた食器やぐちゃぐちゃのシーツに脱ぎ捨てたドレス。しばらくは反抗して湯浴みさえ拒否していたので異臭すら漂っている。


「片付けたら早く出て行って!」


「はっはいっ!」


これだけの汚れやゴミを前に途方に暮れる暇さえ貰えないメイドたちは、ルーカの機嫌を損ねないよう必死で部屋を綺麗にした。

なんとか体裁を整えた部屋に呼ばれた神官も居心地悪そうにモゾモゾとしている。


「始めてちょうだい」


そんな中で動じる事なく冷たい目でルーカを見下ろすベラは汚れが残ったソファに座ることもなく腕を組んで仁王立ちしていた。


「今度こそ元気って言わないと怒るよ!」


「……まずは診てみますので」


慌てながらも神官はいつものようにルーカの腹に手を当てた。


ふわりと光が浮かぶ。だがその色はいつもの半透明ではなく淡く金色に輝いている。


「……!皇后陛下!」


「……まさか?」


「はい!今度こそ!」


「え?赤ちゃん大丈夫だったの?」


目を丸くしたルーカがそう尋ねると、神官たちはコクコクと頷く。いつもの医者も目を輝かせて祝いを述べ始めたので、ルーカは「信じられない」と涙を流した。


「よくやったわ!ルーカ!大事になさい。欲しいものはある?ちゃんといいものを食べてしっかり休むのよ」


「皇后陛下……」


出会ってこのかたベラにそんなことを言われたのは初めてだ。ようやく皇太子妃になれる!ルーカは喜びで胸がいっぱいになる。


「セスは?セスはどこ?早く連れてきて!」


「それが……」


「なに?どこかに行ったの?」


「本日は舞踏会が開かれておりまして……」


「あっ!そうだったわ。私も行かなきゃいけないの。すっかり遅くなっちゃったわ。ルーカは大人しくしてるのよ」


「ええっ?!」

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