「もちろん揃えてあります。靴と扇子もどうぞ」
「すごい……」
着心地も歩きやすさも完璧だ。
全体的にシンプルな白いマーメイドドレスだが、アシンメトリーになっていて右手は袖がなく左手は長袖になってる。裾も同じく右は足首が見える丈で左は床につくほど長い。
布には宝石が織り込まれているのか僅かな光にも反射して美しく輝き、それは裾に行くほど数が増えて光の道を歩いているようだ。
「飾りは鬱陶しくはありませんか」
クランはそう言いながら袖のない方の肩に幾重にも飾られたレース調のシフォンを取り付け、調整している。その布はそれぞれに色が異なるので重なると虹のように見える。今までどのブティックでも見たことがないものだった。
「まったく問題ないよ。すごく綺麗!」
「喜んでもらえて良かったです」
クランはとても嬉しそうに着飾ったシャールを眺めた。
「どうですか?父上」
「よく似合ってる。当日は国中の令嬢がお前に嫉妬するだろう」
「ふふっ」
くすぐったい気持ちでそれを聞いたシャールは「パートナーは父上にお願いできますか?」となんでもないことのように言う。
しげしげとドレスを見ていたアルバトロスはその言葉に驚いた。
「……私でいいのか?」
「父上しかいません」
物心ついた時にはセスという婚約者がいたシャールにとって、アルバトロスと腕を組んで社交界に顔を出すなんてことは一度もなかった。今日、生きていると皆に知らしめてしまえばパートナーはまたセスとなるのだ。アルバトロスにエスコートしてもらえるパーティは、これが最初で最後かもしれない。
「ダメですか?父上」
しょぼんとした顔でアルバトロスを見上げるシャール。そんな顔を見て父親であるアルバトロスが断れるわけがない。
「……分かった。喜んでエスコートしよう。クラン有りもので構わないので私の分の衣装も頼めるか」
「はい!もちろん喜んで!さあみんな公爵様の体のサイズをお測りして!」
「はい!!!」
陽気なゾンビ集団のようなクランたちは、早速アルバトロスに駆け寄りテキパキと仕事をこなしている。
(……クラン達のあの元気はどこから出てくるんだろう……)
けれど彼らに任せておけば安心だ。
「そうだ父上!僕お祖父様にドレスを見せて来ます」
「ああ、行って来るといい」
シャールはドレスを汚さないように裾を持ち上げるとゴートロートが眠り続けている部屋に向かった。
「お祖父様。見えますか?綺麗ですよね。セスに見せるのが勿体無いと思いませんか?」
シャールは意識のないゴートロートに話しかける。返事はなくともきっと聞こえてる。そう信じて。
「シャール様?」
手にお湯を張った洗面器を持ってヤンが戻って来た。ゴートロートの顔でも拭こうとしていたのだろうか。
「ヤンいつもお祖父様の面倒を見てくれてありがとう。ヤンがいてくれるからみんな安心だよ」
「いや、俺にはこれくらいしかできませんから……」
照れくさいのかボソボソと小声で呟いて早速お湯に布を浸している。
「それにしてもシャール様、今日はすごく綺麗ですね」
「ありがとう。王室のパーティに着て行くドレスなんだ」
シャールの言葉にヤンの顔が曇る。シャールたちの思惑がいつバレるか分からない。そしてその時はただでは済まないことをヤンは懸念しているのだろう。
「大丈夫だよ。誰のためでもない。僕は自分のために決めたんだ」
「……何かあればすぐ駆けつけます。俺が役に立ちそうな事があれば呼んでください」
「ありがとう。お祖父様のことをよろしくね」
「もちろんです。旦那様はもちろんのこと、屋敷の方々は俺が守ります」
「うん、頼もしい」
決して大袈裟なことを言っているのではないことは、ヤンの手に出来た古いマメの痕や鍛錬を欠かさない身体から伺える。
シャールはもう一度「よろしく」と伝えて部屋を後にした。
それから一週間、舞踏会までの間、シャールにとって違う戦いが始まった。遅れて公爵邸に戻って来たアミルとマロルーによって徹底的に全身のメンテナンスをされたのだ。
「しばらく見ないとすっかり肌が荒れてるんですが、ちゃんと睡眠はとられてました?」
「シャール様、髪の香油を変更されましたか?流行りの香りも大事ですがもっと大切なのはどれだけ潤うかと言うことです」
(僕が変えたいって言った訳じゃないのに!みんなのされるがままになってただけなんだよ)
公爵邸の侍女たちは優秀だが、それでもやはり昔から専属でシャールについて髪質や肌質を知り尽くしている二人に比べれば到底及ばない。シャールはそんな彼女たちから謂れのない責めを受けていた。
「コルセットは不要ですね」
そう言われてホッとしたのも束の間、「痩せすぎです!」と怒られる。
(ある意味この戦いが一番の難関かもしれない)
シャールは本気でそんなことを考えていた。
けれどそんな二人のおかげでパーティ当日のシャールはどんな貴婦人にも負けない仕上がりとなるのだった。
セスは朝からソワソワと自室を行ったり来たりしていた。なにしろ今日はようやくシャールに会えるのだ。
(痩せ細ってしまってるだろう。傷だって残ってるはずだ。最初にお披露目だけしたらすぐに下がらせて俺のところに連れてくるように言っておこう。……ああ、それにしても母上……。いくら呼び出しに応じないからと言ってもこんなみんなに晒すような真似をするなんて)
気が気ではないセスは自身の支度もそこそこに大広間を覗く。そこには既に好奇心に目を輝かせた沢山の貴族たちが集まっていた。
「おい!酒を!」
突然声をかけられた給仕係の男は飛び上がるほど驚いて、慌ててグラスを片手にセスの元に駆け寄る。
無理もない。最後に現れるはずの皇太子が目の前にいるのだ。しかも若干崩れた格好で。