それから幾らも経たないうちに、皇室からパーティの招待状が届いた。ここでシャールをもう一度囲い込もうとしているらしい。
(……まったく、大きなお世話だよ)
だが今回はそれに乗るのが得策だ。ゴートロートの容体もようやく少し安定してきた。だがまだ意識は戻らない。今命を狙われたらひとたまりもないだろう。
仕方ないことなんだ。シャールは自分に言い聞かせた。
「いよいよですね」
「ああ、そうだな」
覚悟を決めたシャールにひきかえ、アルバトロスはまだ不安げな顔をしている。それはそうだ。あんな陰謀の巣窟にたった一人の我が子を放り込むことになったのだから。
「ドレスはどうする」
「宝石商のクランを呼んでもらえますか。彼の本職は情報ギルドのボスです。今後何かあったら頼ってください。いい機会なので紹介します」
「あ、ああ。分かった。しかしいつの間に……」
多少面食らいながらもそう言ってアルバトロスは席を立ち、シャールの言った通りに手配をする。
シャールは早速ドレスのカタログを広げて吟味を始めた。
(最近すごい人気だって聞いてるから間に合わないかもしれないな。まあそれなら持ってるドレスを少しリメイクしてもらおう。……あ、このデザインいいな)
そうしてカタログを半分ほどめくった所でエントランスからザワザワと人々の騒ぐ声が聞こえてきた。
何事かと踊り場から顔を覗かせるシャールはそこにいた人物に思わず驚きの声を上げる。
「クラン?まだ手紙を出して二時間くらいしか経ってないのにすごいね」
思ったより店は暇なのかもしれない。そんな失礼なことを思いつつ彼の顔を見た。
「シャール様!!」
「ようこそクラン。お久しぶり。……走って来たの?」
いつもクールに決めているクランが上着も着ないで髪を振り乱し汗をかいている。
「そんな、はぁはぁ、当たり前でしょう……!!亡くなったと聞いていたのに帰って来たって……はぁはぁ……」
息を切らしているので言葉がよく聞き取れない。
「あ、クラン。靴左右違うの履いてる」
「あっ?!なんてこと!こんなの顧客に見られたら誰もドレスを注文してくれなくなります!」
「あはは!クランはオシャレだから今後これが流行りますって言えば納得してくれるよ」
「ふざけないでください!もう会えないとどれだけ私が……」
「本当にごめんね。まあ説明するから部屋まで来てよ」
「まったく……心臓が止まったらどうしてくれるんです」
馬車の都合がつかなくて本当に走って来たのだとクランは語気を荒げる。それでもシャールと目が合うとホッとしたのか涙ぐみながら笑顔を見せた。
「クランって最初の印象と全然違うね」
「……褒めてますか?貶してますか?」
「もちろん褒めてる」
「……それならいいです」
シャールは、あははと笑いながらも、心の中では自分の死の知らせをこんなにも悲しんでくれていたクランに、感謝をしていた。
……この人なら信頼できる。
そう思ったシャールはドレスの打ち合わせを終えたあと、死に戻ってきたこと以外のすべてをクランに打ち明けた。
「随分と重い話ですね。そんなこと一介の宝石屋に話してしまって良いんですか。皇后に寝返るかもしれませんよ……」
ようやく涙を止めたクランは鼻の頭を赤くしながらも憎まれ口を叩いた。目も腫れていて誰か分からないくらいだが、彼の名誉のためにそれは黙っておこう。
「クランはそんなことしないよ」
「……私を買い被りすぎです」
クランはちょっと照れたように、冷めた紅茶を一気に煽る。
(……だって前生でも途中でルーカとの契約を切って正しい道を進んだじゃないか。そのせいでルーカに嫌がらせされて店を潰されてしまったけど、そこからまた再建させたのは市井でも有名な話だったんだよ)
「僕はクランを信じてる。もしそれでもクランが僕を裏切ったらそれは僕の見誤りのせいだ。だから気負わずに頼まれて欲しい」
「……承知しました。おこがましいですが、シャール様と向いている方向は同じです。以前も言った通り私はこの国が好きですから」
「うん、一緒に頑張ろう」
「はい」
クランの協力が得られるならこれほど頼もしい事はない。早速動き出すべくシャールはクランに相談を始めた。
「皇室に入ってしまえば僕はここにはもう帰って来られない。連絡はヤンという平民の男性かうちの父上を介すことになるから今日のうちに紹介しておくね」
「はい、分かりました」
シャールがクランをアルバトロスの執務室に案内すると、そこには既に話を聞いたヤンがアルバトロスと共に二人を待っていた。
「君がクランか。シャールから聞いてるよ」
アルバトロスはクランに向かって手を差し伸べる。恐れ多いと言いながらもクランはその手を強く握った。
「宝石商のクランです。ミッドフォード公爵様、初めまして、よろしくお願いします」
クランが深々と頭を下げるとアルバトロスは頷いて微笑む。
「そしてこっちがヤン。ゴートロート侯爵の側近だよ」
「ゴートロート公の?それはまた……お会いできて光栄です」
「じゃあ挨拶も済んだことだし時間もないので僕の復帰パーティのためのドレスを適当にお願いします」
だが、シャールの言葉に今まで大人しかったクランが大声で叫ぶ。
「適当ですって?!」
「あー。だってもう時間が……」
「そんなの関係ありません。シャール様が無事だったと皆に知らしめるためのパーティですよね?適当じゃダメです。うちの最高級の素材を全部使って当日は眩しくて目を開けていられないくらいの華やかなドレスを仕立てて見せますから」
「……あ、うん。どうぞよろしく」
温度差は気になるが復帰パーティは自分の立場を誇示するために少々派手でも構わないだろう。クランならきっと素晴らしくシャールには似合うものを作ってくれるに違いないと、シャールもアルバトロスも思っていた。
そしてそれから僅か二週間後。
本当にとんでもなく豪華で上品で煌びやかなドレスが出来上がった。クランを始め針子たちは満足そうな笑顔を浮かべているが、今にも倒れそうな顔色をしているのは徹夜続きだったからじゃないだろうか。
「こんなに早く出来るとは思ってなかったよ、ありがとう。後はアクセサリー……」