馬車に乗り皇后宮まで来たデモンは我が物顔でルーカの部屋に入った。連絡も入れずノックもない突然の登場に流石のルーカも驚きを隠せない。
「どうしたのデモン」
「アルジャーノンはいるか」
「アルジャーノン?もちろんいるよ」
彼の名前を呼ぶときのシャールの甘い声が癪に触る。デモンは護身用の小刀を取り出して暖炉の前に立ちはだかった。
「開けろ」
「え?何するつもりなの」
ルーカの声が揺れた。良くないことが起こりそうでルーカは不安に目を瞬かせる。
「シャールが王都に戻って来た。もう奴の役目は終わりだ」
「……だから?」
「殺す」
「デモン!」
アルジャーノンはルーカの大事なお人形だ。どんな話も黙って聞いてくれて、ルーカを罵倒したり責めたりしない。いつでもじっとルーカが来るのを待っている大切な人形。それなのに……!
「いやだ!やめて!殺さないで!」
「は?なんだよあいつに惚れたのか?」
そんなんじゃない。アルジャーノンはもっと神聖な生き物なんだ。ルーカはそう叫びそうになったがデモンには理解できないと分かっていた。
「じゃあお前がやれ」
ルーカの足元にナイフが転がる。ルーカは黙ってそれを見ていた。
「逃したらあいつはシャールのところに行くぞ。あいつらは好きあってるんだ」
「……え?アルジャーノンとシャールが?嘘でしょ」
アルジャーノンはそんな低俗な生き物じゃないはず。それなのに人を好きになるなんて……。しかもその相手があの憎らしいシャールだなんて!
「僕を騙してたの?」
ルーカは床に倒れ込み呟いた。
「そうだ。お前を騙して逃げようとしてたんだ。だから逃がさないように殺して自分のものにしてしまえばいい」
「僕のものに……なるの?」
「ああ、死ねばどこにも行けない。永遠にお前のものだ」
「そうか」
殺してしまえば縛る必要もないし逃げられない。
ずっと一緒にいられるんだ。
「じゃあ後は頼んだぞ。しくじるな。確実に殺せ」
「うん、分かった」
ルーカは床に落ちたナイフを拾い上げて隠し部屋を見て微笑んだ。
アルジャーノンを探し始めてから一週間。皇室に忍び込ませているスパイの報告ではルーカはただの一度も部屋から出て来なかった。
「三度目の妊娠をしているらしい。そのせいで公式行事やパーティも全部出なくていいと言われてるそうだ」
「そんな……」
アルバトロスの言葉にシャールは打ちひしがれる。こうしている間にもアルジャーノンは酷い目に遭ってるかも知れないのに。
「どうにかして部屋から出さなきゃ……鍵がないと開かないからそれも奪わないと」
「……難しいな」
その上、シャールが生きていると聞きつけた皇后からはセスの「婚約者」であるシャールを登城させよとの命令が下っていた。
そのために皇室主催でパーティーまで開こうとしているらしい。
「父上」
「なんだ?」
シャールは自分の気持ちを振り切るようにまっすぐアルバトロスを見据えた。
「セスと結婚しようと思います」
「なんだって?」
アルバトロスは驚いてシャールを見たが、やけになっているわけでもなく至って冷静な様子に逆に恐怖を覚えた。
「許せるわけがないだろう!」
「けれど僕が行かなくては公爵家に何らかの処罰が下される可能性もあります」
「そんなことは気にしなくていい」
「そんなわけにはいきません。それに僕が城内に入り込めばアルジャーノンを助けるチャンスも増えます」
「それはそうだが……」
アルバトロスは例え芝居でもあの卑劣な男にシャールを任せる気にはなれなかった。だが、シャールの目には決意の色が見える。これを抑え込むには余程の力が必要だろう。……そしてアルバトロスはその力を持ってはいなかった。
「まずは皇室主催のパーティで僕の無事をみんなに発表します。僕の身分はまだセスの婚約者のままのようなので結婚に向けて準備をします」
「そんなことをして!アルジャーノンが見つかったとしてもお前がいないとどうにもならないだろう!」
珍しくアルバトロスが声を荒げる。どうにかしてこの頑固な息子を止めなければ取り返しのつかないことになる。
アルバトロスは必死で他の方法はないかと頭を働かせた。
「落ち着いてください、父上」
「これが落ち着いていられるか!」
「迎えに来てください。アルジャーノンと」
「え?」
シャールはふわりと笑う。見たこともないくらいの美しさで。
「謀反です。アルジャーノンを担ぎ上げて王家を転覆させてください。次の国王は正式な継承者、第一王子のアルジャーノンです」
「……お前!」
とんでもなかった。シャールはやけになったわけでも頑是ない子供のような勝手を言ってる訳でもなかった。
「はは……なんて奴だ……」
だが、それしか道はない。ここでアルジャーノンを見つけて逃げた所で皇后はどこまでも追いかけて来るだろう。シャールもそれが分かっているからこんな事を言い出したのだ。
「アルジャーノンの養父であるジュベル侯爵と秘密裏に連絡を取ってください。他国に移住した貴族にも支援を受けられるなら助かります」
「シャール……」
アルバトロスは不思議な気持ちでシャールを見た。いつの間にかこんなに大きくなったんだろう。こんなしっかりとした考え方を持つようになったのか。
自分の知らないところでどんどん大人になってしまうシャールを、アルバトロスは嬉しいような切ないような気持ちで見つめるのだった。