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第71話 デモンの思惑

確かに彼には品がある。そして国王陛下と同じ黒髪に濃い茶色の瞳だ。


「もし身分を明かしたらアルジャーノンがいつか国王になるのかな。そしたら僕はまた皇后になるの?」


そういった災いから逃れたくてアルジャーノンに別の国に行こうと言ったのに。けれど彼の正体がバレたらどうしたって命を狙われる羽目になる。


「アルジャーノンはどうしたいの?聞かせて?今どこにいるの……」


呼びかけても返事はない。


せめて夢の中で会えますように。

シャールはそう願いながら無理やりに目を閉じた。




翌朝、ゴートロートの部屋に行くとヤンがベッドにもたれて眠っていた。

一晩中ゴートロートの側で見守っていたのだろう。目の下には濃い隈が刻まれている。


「ヤン、交代しよう。朝ごはんを食べて来て」


「……シャール様、大丈夫です。ここにいます」


「だめ。お祖父様が目を覚ました時、そんな酷い顔を見せられるの?」


「……酷い顔ですか」


「うん。顔洗ってしっかりご飯食べて仮眠とって来て。ここには信用できる使用人ばかりだから大丈夫だよ」


「……ありがとうございます」


よろよろと階下に降りていく後ろ姿を見送り、シャールはゴートロートの様子を伺った。

幾分呼吸は楽そうだ。けれど固く閉じた瞼は一向に開く気配がない。


「お祖父様が大神官様から預かったペンダントは誰が持っていってしまったんでしょう。残念ながら大神官様はお亡くなりになってしまいました。真実を知る人が他にいません。早く目を覚まして陛下をお助けしましょう」


シャールはなんの反応もない冷えた指先を自分の手で包む。そしてゆっくりと摩りながら他愛もない話をゴートロートに話し続ける。


(早く目が覚めて欲しい。またあの優しい声で僕の名前を呼んで欲しい)


高齢の身には食事が取れないこの一日一日が命取りになる。せめて水分だけでも摂れるようになったら……そう願うばかりだ。


そんな風に思いながらそばに寄り添っているといつの間に来たのかアルバトロスがシャールの後ろに立っていた。


「おはようございます。全然気付きませんでした」


「ああ、話の邪魔をしないように静かに入って来たんだよ」


「邪魔になんてなりません。父上も何かお話しして差し上げてください」


「じゃあ進捗を」


そう言って近くの椅子に座ったアルバトロスはバリアン男爵家に出した使いの話を始める。


「ダリアに聞いたが家に知らない人間はいないらしい。さほど大きな屋敷でもないから隠して住まわせるのは無理だと言っていた」


「……そうでしたか。じゃあどこだろう」


その時ふと、ルーカの顔が思い浮かぶ。


「父上、ルーカは城のどの部屋にいますか?」


「皇太子妃の部屋を与えられたと聞いているが」


「父上!あの部屋には隠し部屋があります!」


シャールは記憶を頼りにアルバトロスに説明を始めた。


「いや以前差し向けたスパイに隠し部屋も調べろと依頼した。探したが何も怪しいところはなかったと言っていたぞ」


「それは本棚の後ろですよね?」


「ああ、確かそう言っていた」


「それは囮です。本当の隠し部屋は暖炉の後ろにあります」


以前セスが教えてくれた。この部屋はいずれシャールが使うことになるから、と。


「……そうだったのか。それなら二人分の食事も納得がいく。だが最近ルーカは部屋からまったく出てこないらしい。メイドも部屋に入れないしそこにいたとしても助けようがない……」


「何とかルーカを外に誘き出せませんか」


「考えてみよう」


アルジャーノンに会えるかもしれない。シャールはその思いだけで必死に考えを巡らせた。






その頃バリアン男爵家ではデモンとダリアが言い争いをしていた。


「あなたミッドフォード家に恨みでもあるの?!」


「母さんには分かりませんよ」


「どうして昔からシャールを目の敵にするの!従兄弟じゃない」


だがダリアの激昂くらいで怯むデモンではない。薄ら笑いを浮かべながら「違う」と言い捨てた。


「俺はシャールを愛してるんです」


「……なんですって?」


「あいつは俺の運命のつがいだ」


「何言ってるの?アルファでもないくせに!」


「アルファじゃなきゃダメなんですか?現に今シャールはベータの相手と恋をしてる」


「そんなのはシャールの自由よ。あなたが一方的にそんなこと言ったってシャールはあなたのものにはならない!いい加減理解しなさい!」


「……随分と母親みたいな事を言うんですね。子供の頃から何一つしてくれなかったくせに」


ダリアは言葉に詰まる。家風だと育児に関わらせて貰えなかったのは事実だが、ダリアは昔からデモンに得体の知れない恐怖を抱いていた。

何かにつけて子供らしくないのだ。その傲慢さも残虐さも。


「……さっきの使いの話を聞いたでしょ。シャールには思う人がいるの。あなたが邪魔をするべきじゃない」


「それなら俺の気持ちはどうなるんです?俺だけが我慢しないといけないんですか?おかしいですよね」


「……何を言ってるの」


(まるで駄々っ子だわ。いつも大人ぶってるくせに)


「とにかくアルジャーノンを見つけてあげて。どこかで囚われているかも知れないって言ってたでしょ。見つければシャールに感謝されるわよ」


「ふふっ感謝ねぇ」


「デモン?」


「ちょっと出かけて来ます」


屋敷を出ていくデモンにダリアは不安を隠せない。


(どうしてこんな胸騒ぎがするの?まさかアルジャーノンをどこかに閉じ込めてるのはデモンなの?!)


「待ちなさい!デモン……!」


ダリアの声は届かない。デモンはもう既にダリアが思うよりずっとずっと遠いところにいるのだから。


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