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第70話 シャールの覚悟

「酷い…!」


「俺は職員の隙を見て逃げました。けれど住むところも食べるものもない。途方に暮れていたところをならず者の集団に拾われました。でもそこも同じような環境でした。けれど幼いながらもここを出たら死ぬと分かっていたので言われるがままに奴らの使いっ走りをしてその日のパンを貰っていました」


シャールは耳を傾けながらヤンに椅子を勧める。それに気付いたヤンは頭を下げてそこに座った。視線はゴートロートから僅かも離さないまま。


「ある日、貴族の馬車に飛び込んで怪我をしたフリをして金をもらえと言われました。そんなこと初めてやるので加減が分からず俺は大怪我を負ったんです。もちろんならず者どもはさっさと逃げました。でも馬車の貴族が死にかけている俺を連れて帰って治療してくれたんです。それが旦那様でした」


「お祖父様らしいね……」


「はい」


ヤンは当時を思い出したのか優しい微笑みを見せた。


「それから旦那様は伝手を辿って俺の親を探してくれました。けれど喧嘩に巻き込まれたようで既に死んでいたそうで、そのまま城で育てて貰いました」


「…じゃあお祖父様はヤンの父親みたいなものですね」


「とんでもないそんなおこがましい…!」


父親だなんて……あの方は自分にとって神様だ。だからあの方を守るためなら何でもする。ヤンはそう思ったが、シャールの優しい言葉にほんわりと胸が暖かくなった。


「俺は命をかけて旦那様の恩に報いようと思ったんです。…だから」


「分かってます。僕だってこのまま済ませるつもりはありません」


「……シャール様、一体誰がこんなことをしたのか教えてください」


「それは言えません」


「シャール様!」


ヤンはシャールの前に跪き懇願した。


「そいつらを仕留めるなら俺にやらせてください。相打ちになっても必ずやり遂げます。シャール様が手を汚す必要はありません」


「……ヤンの気持ちはありがたいけど、僕は相手を死なせて終わりにはしたくないんです」


「シャール様はお優しいから……」


そう言ってもどかしそうにヤンはシャールを見上げる。

だがその顔はヤンが知っているシャールのものではなかった。


「あっさり死なせるつもりはないという意味です。苦しんで悔しがって浅ましく命乞いをするまで追い詰めるつもりです。死ぬのはその後です」


「シャール様……?」


見たこともない昏さを孕んだシャールの目にヤンは緊張で喉をゴクリと鳴らす。

…こんな表情ができる人だったか?確かに命を落としかけたがあの件だけでそんな風に思えるものだろうか。

ヤンは自分の知らない何かを抱えているシャールに、頼もしさと一抹の憐憫を感じた。


「……では待っています。何かの時はすぐに声をかけてください」


「はい、必ず。そのためには準備が必要な相手なのでヤンにはここでお祖父様を守っていてほしい。そして僕を信じて待っていてください」


「はい……その役目、しかと承りました」


「ありがとうございます。お願いします」




シャールはそれだけ言うと部屋を出た。


ゴートロートがシャールを大事にしていたのと同じようにシャールもゴートロートを本当の祖父だと思い大切にしてきた。そのゴートロートが自分の子供のように大事にしてるヤンや古城のみんなに対しても同じ思いでいる。単独で動くことにより万が一のことがあればゴートロートに面目が立たない。

前生では両親を処刑されてしまったが、今生ではゴートロートやヤンたちも含めてそんなことは絶対にさせない。


「やっぱり犯人は皇后なんだろうか。でもどうして?」


その答えはアルバトロスが持っているだろう。シャールは父親の帰りを今か今かと待っていた。




夕刻になりアルバトロスが公爵邸に戻ってきた。シャールが帰って来たと聞くなり上着もそのままに急足でシャールの部屋にやって来る。


「元気にしてたか?」


「はい。父上は?」


「変わりない」


簡単に近況を伝え合い、早速本題に入る二人だが、アルバトロスのもたらした情報はあまりに重く、そして信じ難い内容でシャールは押し黙るしかなかった。


話が終わったタイミングでメイドに持って来てもらったお茶を飲みながら、アルバトロスはシャールにお菓子を勧める。


「……あ、黒糖クッキー」


そんな場合じゃないのにと思いながら手に取って口にする。

サクッとした食感とふわりと広がる黒糖の深い味わいにシャールは少し冷静になる気がした。


「……皇后はアルジャーノンが陛下の息子だと知っているんでしょうか」


「それはまだ気付いていないようだ。平民として暮らしていると思っているらしい。兵士たちに捜索を継続させていた」


「そうですか」


それならまだ生きているかもしれない。けれど一体どこにいるんだろう。


「ルーカが噛んでる可能性があるんでしたよね」


「ああ、だがルーカも子供を二人も亡くして少しおかしくなっているという噂だ。誰かを誘拐するような気力はない気がするんだが。そもそもルーカにはアルジャーノンを誘拐するような動機がない」


「……知らないだけで何か接点があったとか」


「まあ同じ皇宮にいるわけだから無きにしも非ずだが」


だがここで考えていても分からない。とにかく動き出さないと、とは思うが見当違いの事をして皇后に目を付けられるのも困る。


「あ!父上!そういえばお祖父様のところにいる時、デモンが来ました!」


「なんだと?お前のいる所を知ってたのか?」


「はい。僕がいずれ必ず王都に戻ってくると言ってました。もしかしてあいつがアルジャーノンを攫って僕が帰るように仕向けたのかもしれません」


「……そうだな。その可能性はある。ではアルジャーノンはバリアン男爵家にいるんだろうか」


「分かりませんが……男爵邸にはダリア叔母様がいますよね。こっそり聞けませんか?流石にこの程度の疑いで誘拐犯扱いするのは問題になります」


「分かった。早速明日人をやろう」


「はい」


「シャール長旅は疲れただろう。今日は早く休む方がいい」


厳しい目で策を練っていたアルバトロスだが、話が終わった途端に父親の顔になりシャールの頭を撫でた。


「分かりました。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」



そう言ってアルバトロスはシャールの部屋から出ていった。シャールはもそもそとベッドに潜りこむがしばらくしてもまったく眠気が来ない。

無理もない、とんでもない話を聞いてしまったのだから。


「アルジャーノンが陛下の血を引く皇太子だなんて……」


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