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第55話 ゴートロートの決意

前国王は何かにつけてゴートロートを引き立て、城に呼んだ。その際に皇太子……今の国王とも親しくしておりその交流は現国王が病に伏すまで続いていた。


最初は頻繁に見舞っていたゴートロートだが、そのうち皇后から煙たがられすっかり足が遠のいていた。そもそも皇后とは初めから反りが合わなかったのだ。


(……あのあばずれめ。最初の皇后が亡くなった途端に城に入り込んでさっさと跡継ぎなんぞ作りおって)


最初の皇后は貴族と平民の間に生まれたオメガだった。息を飲むほどの美しさとそれに負けない綺麗な心を持った人。

市井への視察の時に偶然出会ったオメガで、それが運命であるかのように惹かれあい、一緒になった後も愛し合い信頼しあった二人だった。それがある日突然、その人は城から姿を消した。

陛下はそれはもう血眼になって探したが、見つけた時は既に病気で亡くなった後だった。それも縁もゆかりもない平民の家で世話になっていて、結局どうしてそんなところにいたのかわからずじまいだった。


そのせいで皇后に裏切られたと感じた陛下は、失意のうちに病を得て表舞台から姿を消したのだ。


その後、次期皇后候補のオメガだったベラが後妻として正式に新しい皇后となったが、陛下が何も言わないのをいいことに好き放題に皇室を取り仕切るようになったので、それ以降ゴートロートは王都には足を運んでいない。


「気は乗らんが仕方あるまい。一度陛下の見舞いに行くか。シャールが姿を見せるわけにはいかんしな」


シャールのことがなければ一生あの場所を訪れることはなかっただろう。それも全部含めて何かの運命のような気がした。


「けれどご体調が……。それに国王陛下は話もできないほどに弱っておられるご様子。主君の御身が危ないのではと危惧しております」


弱々しい声で、今までしたことのない反論を口にする影……庭師のヤンをゴートロートは優しい目で見下ろす。


「この老体であの子の役に立てるのであれば僥倖だ。早速手配を頼む」


「……はっ。お任せください」


ヤンは覚悟を決めて主人の前に傅いた。






「シャール釣りに行かんか?」


本と睨めっこしながら薬草を仕分けしていたシャールは久しぶりの遊びの誘いに満面の笑みで応えた。


「大叔父様、足の具合は大丈夫ですか?」


「ああ、この間シャールが作ってくれた軟膏な、あれがとてもよく効いた」


「わあ!よかった!これからも大叔父様と沢山釣りもしたいし遊びにも行きたいから、早く治るようにいい薬を作りますね!」


「わははは。頼もしいな」


二人は手を取り合って近くの池まで行くと、釣り糸を垂らし、世間話を始めた。


シャールの今までの暮らしであったり、ゴートロートの旅行の話であったり。今まで知らなかったことを沢山話した。



「大叔父様、僕お父様にもこんなに話をしたことがないです」


「なに?あいつはそんなにダメな父親なのか。一度がつんと……」


「違うんですー!お互いの思っていることを知らなかっただけなんです。これからは時間があったらお父様とも話をしていきたいと思います」


「そうだな。味方は一人でも多い方がいい」


「はい!」


しばらくするとゴートロートの竿に魚が喰らい付いた。シャールは慌てて自分の竿を放り出すと彼と一緒に渾身の力を込めて魚を釣り上げた。


「うわあ!すごく大きいです!」


今まで見たこともないくらいの大きさの魚が水辺に揚げられてビチビチと跳ねている。


「これはこの池の主かもしれんな」


こんなに大きな魚が小魚用の小さな餌に喰いつくほど飢えているなんて……。

ゴートロートは僅かに不安を感じた。


「あの、大叔父様……」


「なんだ?」


「この魚……逃しちゃダメでしょうか」


「何故だ?こんなに大きい獲物を釣り上げたなんて皆に自慢できるんじゃないか?」


「多分食べきれないと思いますし……。それに池の主なら守り神ですよね。連れて帰ってしまうのは良くない気がして」


ゴートロートはふふっと笑う。


「シャールの言うとおりにしよう」


「ありがとうございます!」


シャールは大きい魚を抱えて水の中にドボンと放してやった。


「これでこの池は安泰ですね」


「ああそうだな。シャール、頼みがあるんだが」


「魚を逃してくれたんですからなんでも聞きます」


シャールは真剣な顔でゴートロートを見上げる。その顔があまりに一生懸命でゴートロートはまた笑ってしまった。


「シャール、一度でいいからお祖父様と呼んでくれんか」


予想外のお願いにシャールはきょとんとする。


「一度だなんて。お許しいただけるならこれからずっと、そう呼ばせてください」


「本当か?ありがとう。可愛い孫が出来て嬉しいよ」


「僕も素敵なお祖父様が出来て嬉しいです」


こんなに素晴らしいものをもらったのだ。ゴートロートにはもう望むものは何もないと思った。


「シャール、私は近々用事で王都へ行く。後のことはヤン始め使用人たちに頼んであるからあまり外に出ないように城の中で待っててくれるか」


「え?ええ。どのくらいですか?」


「……そうだなあ。半月、もしかしたらもっと長いかもしれない。アルジャーノンにも会うつもりだ。忙しいみたいだがちゃんと手紙を書くようにと言っておく」


ああ全部お見通しだった。シャールは恥ずかしさに顔を伏せる。でもそう伝えて貰えるのはとても嬉しい。


「分かりました。ちゃんと大人しくここで待ってます。だから早く帰ってきてくださいね」


「ああ。なるべくそう出来るように励むよ」


曖昧な言い方にシャールは少し違和感を覚えた。だがシャールよりよっぽど王都での貴族たちとの人間関係に明るいゴートロートのことだ。心配することなんて何もない。


その時のシャールはそう思っていた。

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