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第54話 囚われしもの

 失意の中とぼとぼと自室に帰り着いたルーカはドアの前に置いてある食事を見てあることを思い出した。


「ああそうだった。ご飯の時間だ」


 そう言いながらトレーを持って部屋に入る。

 すっかり夜が更けてしまった。さぞかしお腹を空かせていることだろう。

気持ちは最悪だったが、彼の顔を見たら気分も回復しそうだ。先程のことも忘れてルーカはいそいそと暖炉の側に近寄った。


そしておもむろにその暖炉を掴んで右側に押す。


現れたのは人一人が潜れるくらいの小さなドアだ。鍵がかかったそれをネックレスに模した特殊な形のキーを使い開けると、半地下に位置するその薄暗い小部屋にいたのは一人の男だった。


「はいご飯だよ」


「…………」


この男はデモンの指示で一週間前にルーカがここに閉じ込めた。と言ってもルーカの腕力では何も出来ないので部下に薬を使って連れてこさせたのだ。

……もちろんその部下はその後みんな殺したのでこのことを知っているのはルーカとデモンだけだ。


「……ねえ、退屈じゃない?」


スープを静かに口に運ぶ男にルーカは問いかける。


最初は拒否していた食事も、この拘束は長丁場になると踏んだのか素直に食べるようになった。


「……今日ね、セスが愛人と一緒にいたんだ。僕怒って相手の女を殺しちゃった」


スプーンを持つ手がピクリと震える。


(あ怖がらせちゃった……?)


ルーカは二度とこの男にこんな話をしないと決めた。


「ごめんね。こんなところに閉じ込めて。せめて欲しいものがあったら用意するから言って」


それにも何の反応もしない。けれどルーカにとってこの男は特別だった。


最初から目を引く相手だった。けれど彼はどうしても自分には振り向かない。フェロモンを出してもまるで気付かれず、もしかすると彼は人間ではない神聖な存在なのではと思うようになった。


「あーあ。セスとの子供が欲しいな……。どうしてみんな死んじゃうんだろ。それにセスは絶対子供は産まれないなんて言うんだ。酷いと思わない?」


反応のない相手に語りかけても返事は返ってこない。けれど自分に冷たく当たる城の人間よりは何百倍もマシだ。ルーカは構わず独り言のように話し続ける。


一日二回の食事の時間。

この時だけはルーカが唯一普通の人間のように穏やかに過ごせる時間だった。




 宮殿内で噂が広まるのは早い。

 ましてや話題の皇太子妃候補、ルーカのことは皆が嫌悪している事もあり、悪い噂などは特に夏の日差しのようにあっという間に皆に届く。


「とうとうおかしくなられたようよ」


「殿下の愛人を踏み殺したって聞いたわ」


「それからずっと部屋にこもってるけどなんの音もしないの。死んでるんじゃないかしら?」


「でもドアの外に置いておく食事は綺麗に無くなってるのよ。しかも先週はもっと沢山持って来いって言われて二人分用意することになったの」


「もしかしてまた妊娠?」


「まあどっちにしても部屋には入りたくないわね」


 手当たり次第に部屋のものを壊してしまったのでルーカの部屋はまるで廃墟だ。

 誰も掃除に来ないから余計に惨憺たるものになっていた。


 けれどルーカはおかしくなってしまったわけではない。あの後宮での騒ぎから更にセスの足は遠のいてしまったけど、あまり気にしないようにしようと思った。

だってルーカは今とても心穏やだ。


「期待しなければ怒りも沸かなくなるんだね」


いつものように隠し部屋で、食事をする男を見ながら幸せな気持ちになっている。


「ねえ、ちょっとでいいから笑って」


「……」


返事は一切ないのでルーカは男の声をほとんど聞いたことがない。この狭い部屋で男が囚われてからもう四ヶ月の時が経っていた。


「つまんないの。でもいいんだ。ここにいてくれるだけで。どう?部屋は快適?快適だよね。だってここは何かあった時に皇太子妃が隠れる場所なんだから」


最初の子供を孕んだ時、次期皇太子妃としての待遇を許され、この部屋をあてがわれた。当初の用途とはまるで違うがルーカは満足だった。


「ご飯足りる?今度ケーキも持ってきてもらおうか」


まるで人形遊びをしている少女のようにルーカは反応一つ返さない男を愛し気に眺める。


「お風呂はいつも水でごめんね。そろそろ寒いからお湯をもらってあげる」


目さえ合わせない男は自身では意図しないままに今日もルーカのお人形としての役目を立派に果たしていた。


ルーカは嬉しそうにその人形を眺め、うっとりと微笑む。




「お利口だね。アルジャーノン」





影がゴートロートの元に戻ってきたのは古城を出てから一か月ほどが経った頃だった。


「それで?行方はわかったか?」


「アルジャーノンは完全に行方不明になってます。騎士団でも混乱があり人を使って探してはいましたが、結局見つからないので逃げたのではないかと言われてます。ただ皆に慕われており仕事を捨てて逃げるような男ではないと言われておりました」


「ふん、そうか」


ゴートロートは執務室の椅子から視線を上げて影を見た。


「それで?」


「……アルジャーノンが消えてから部屋に余分に食事を持って来させている者がいます」


「それがルーカとか言うオメガか?」


「はい」


「なるほどな」


だが舞台は国王の住まう城だ。ゴートロートとはいえ流石にあまり勝手なことはできない。


「せめて陛下が元気であったならな」


ゴートロートは窓の外を見て深いため息をついた。


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