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第53話 不安

 今日も今日とてシャールは野原で薬草摘みをしていた。カゴは既に一杯でもうこれ以上入れる場所もないくらいになっている。


「シャール様、新しいカゴをお持ちしましょうか?」


 マロルーの声にハッと我に返ってカゴを見て苦笑いをした。


「本当だ。いつの間にかいっぱいだね」


「シャール様お疲れなら気分転換にお菓子でも作りますか?」


「うーん、今はそんな気分じゃないかな」


 シャールは口を閉ざし俯いて不安を堪える。


 ……何故って。


ここしばらくアルジャーノンからの手紙が届かないのだ。シャールから送る沢山の手紙の返事さえも。


「ねえマロルー。アルジャーノンは僕が嫌いになったのかな」


「そんなことありません。なにか事情があるはずです。シャール様が信じてないでどうするんですか」


「そんなだよね。きっと騎士団を退団するのに忙しいだけだよね」


 約束の二年まで後半年。


 それでもシャールの心は沈んだ。


「可哀想に……」


 部屋の窓からシャールを見ていたゴートロートは大きなため息をついた。


つてを使ってアルジャーノンの動向を探らせていたが、最近姿が見えないと報告が来た。一部の噂ではルーカとか言う次期皇太子妃に気に入られていたので、仕事もそっちのけでそこで暮らしているのではないかと言われていた。


「噂の真偽を探れ。もし本当なら首を切り落としてやる。アルジャーノンの家門も併せて探って来い。何か分かったらすぐ早馬を飛ばせ」


「はっ。仰せのままに」


 ゴートロートが使う影がまたたく間に姿を消した。


「……今夜の夕食はシャールの好きな魚にするか」


 新鮮な方がいい。あの子を連れて釣りに行けば少しは気晴らしになるかもしれない。


 ゴートロートは痛む膝をさすりながらシャールのいる庭に向かった。







 その頃王城ではルーカが癇癪を起こして部屋中の装飾品を叩き壊している最中だった。


「どうしてセスは来ないの?!」


 間も無くヒートが始まる。このままでは先月と同じく薬で抑えながら一人で苦しい数日間を過ごす羽目になる。


「どこに行ったの!」


「あ、あの……きゃっ!」


 ルーカは新人メイドの髪を鷲掴んで引っ張りながら頬を打ち据えた。


「申し訳ございません!あ、あの!殿下は離れの後宮に……!」


 泣きながらそう叫ぶメイドを部屋から叩き出し、ルーカは怒りに震えた。


「また別の女を連れ込んでんの?なんでこっちに来ないんだよ!そんなんじゃ子供だって出来ないじゃないか!!」


 シャールがいなくなってからルーカは酷い目にばかりあっている。まるで罰を受けているみたいに。


「……僕なんにも悪いことしてない。ちゃんとデモンの言う通りにもしてるのに……」


 なのにどうしてシャールはここに帰ってこないの?


 シャールが生きているというデモンの言葉を完全に信じたわけじゃない。でもすがるものがあるのなら掴んで手繰り寄せたい。それこそ力ずくで。


 それなのに……。


「いつまでも待ってられない。そのうちセスがその辺の女を連れて来て皇后にするって言うかもしれないじゃないか……」


 そんな女に子供でも出来たら目も当てられない。ルーカには早く皇太子妃になるために将来国王となるアルファの子供が必要なのだ。ルーカは眼を血走らせて後宮に向かった。


「セス!セス?どこ!?」


 後宮に辿り着くと幾つもある寝室のドアを片っ端から開けて回った。


「セス!早く出てきて!」


 怒りと焦りでルーカはもう普通の状態ではなかった。


「……うるさいな。何の用だ」


 長い廊下の先の一番大きなドアから兵士と共にセスが姿を見せる。だが、その横には最近よく会う金髪の女が見せつけるように薄ら笑いを浮かべセスの腕にすがりついていた。


 ルーカはつかつかと二人に近づき、兵士が戸惑っている間にその女を引き倒した。そして思い切り足を振り上げて鋭く細いヒールで頭を踏む。 


グシャ!


何かが潰れるような音と共に耳を覆いたくなる絶叫が後宮に響く。だがそれは段々と小さくなり、そのうち途絶えてしまった。


「ルーカ!なんという酷いことを!」


セスが兵士に指示して女を助け起こしたが、彼女はもう虫の息だ。


「セスが僕のところに来てくれないからでしょ!どうして……もうすぐヒートが始まるのに!なんで……」


「ルーカ、お前はまだ皇太子妃でもなんでもない。俺のやることに意を唱えられる立場じゃないはずだろう?!」


 セスは歪に頭が潰れた女を手当てするように兵士に命じると踵を返して部屋に戻ろうとする。


「待って!セス!だって王子様と結婚するのは子供が生まれたらって皇后が言ったでしょ?!だからセスを探してたの!子供が欲しいの!」


「……二人も子を亡くしたのにまだ欲しがるのか」


 セスは沈痛な面持ちでルーカを見下ろした。


「当たり前でしょ!ちゃんと生まれるまで僕は頑張るよ」


「……ルーカ、お前が子をちゃんと産める日など一生来ない」


「……どう言う意味?」


「そんな日は来ない。絶対に俺たちの子は生まれないんだ」


 どうしてそんな呪いのような言葉を吐くのか。ルーカはセスをなじりたかったが、セスの表情に悪意はない。それどころか哀れなものを見るような目でルーカを見つめていた。


「もう戻れ」


「……セス!待って!ちゃんと説明して!」


 ルーカが追い縋ろうとすると、兵士たちが行手を阻む。そしてルーカの懇願はセスには届かず彼は遠ざかっていくばかりだった。



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