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第51話 たくらみ

 泣いても叫んでも誰も来ない。

 痛みと孤独に苛まれながらルーカは苦痛をやり過ごそうと懸命に目を閉じた。




次に目覚めた時には既に日は落ち、部屋は真っ暗だった。

窓の外は雨風で木々が荒々しく揺れている。


「またあのメイド、ランプを持って来るの忘れてるな」


新しくルーカ付きになった若いメイドは他の者に比べたらルーカに従順だが気がきかないので困る。とはいえベテランは生意気だと全部やめさせてしまった手前、我慢は仕方のないものだった。


その時、嵐の音に混じって微かにドアを叩く音がした。

こんな夜にこの部屋を訪れる者はいない。ルーカは警戒しながら固い声で「誰?」と問いかけた。


「……ルーカ」


「えっ?」


 この聞き覚えのある懐かしい声


「デモン!!」


 ルーカはベッドから飛び起きてドアに駆け寄り、目当ての人を見つけて抱きつく。


「デモン!連れて帰って!ここはもういや!助けて!」


「まあまあ落ち着けよ。うちのお姫様は何が気に入らないんだ?」


デモンはルーカを宥めながら中に入ってドアを閉めた。


「全部だよ!赤ちゃんは何回できても死んじゃうしセスは冷たいし!全然いいことない!」


「そっか。可哀想に。でも今帰ったら皇太子妃にはなれないぞ」


「それは……」


「いい考えがあるんだ。俺を信じるか?」


 デモンが目をキラリと光らせて涙でぐちゃぐちゃになったルーカを見た。


「うん、信じるよ。どうしたらいいの?」


「シャールを捕まえるんだ。そしてシャールにお前の代わりをさせる。皇后の相手や国政をすべて任せればいい。そうすればルーカは子供を生むだけでいいだろ?心配事がなくなれば子供も無事に生まれるようになるさ」


「デモン?」


 ルーカはいよいよデモンがおかしくなったと思った。シャールが死んだことを知らないはずがないのに。


「俺が変になったと思ったか?」


「う、うん。だってシャールは死んだのにどうやって連れて来るの?」


「いや、生きてる」


「え?そんなはず……」


「国境に近い侯爵家の城で暮らしてる」


「どうしてそんなとこで……?いやでもどうしてデモンがそんなこと知ってるの?」


「知り合いの商人に頼んでたんだ。貴族の家に行って銀の髪の美少女がいたら知らせろって。だっておかしいと思わないか?アルバトロスは形ばかりの葬儀はしたが、まるで悲しんでる様子はなかった。試しにシャールの墓を掘り起こしたが遺体はなかった」


「?!そんなことしたの?!」


 何でももないことのようにそう話すデモンは狂気じみていてルーカはごくりと喉を鳴らした。


「可愛いルーカ、俺の言うことを聞けよ。この国の皇后になれるんだぞ」


「…………デモン」


 どのみちルーカにとって他に方法はない。医者の言うように子供が育たない体なのであればこれから先も無事に生まれて来る保証はないのだ。

 もしシャールが生きているのなら……。この地獄のような場所でルーカの代わりをしてくれるのなら……。


「……それで僕は何をすればいいの」


ルーカは覚悟を決めてデモンを見つめる。

昔の面影などまるで無くなったその哀れな顔を、デモンは愛しそうに撫でた。


「まずは…………」


 デモンの夕焼けのような瞳がゆらゆらと揺れる。その残酷な性格からちまたでは『デーモン』とあだ名で呼ばれていることをルーカは知らない。


「お前ならうまくやり遂げられると信じてるよ。また連絡するから待っててくれ」


 ルーカはキスと共に落とされたデモンの囁きを胸に刻みつけるように受け止めた。





「シャールやこっちにおいで。商人が珍しいお菓子を持って来てくれたぞ」


 ゴートロートの声がした。

 飽きもせず野原で薬草を探していたシャールはミルキーと一緒にゴートロートの側に来る。

 そんなシャールにゴートロートはブリキの缶に入った色とりどりのクッキーを見せた。


「大叔父様、これはなんていうお菓子ですか?クッキーみたいですけど綺麗な絵が描いてある!」


 シャールは興味津々でそのブリキの缶を覗き込む。


「これはな、アイシングクッキーというものらしい。普通のクッキーより少し硬くて甘くて……まあ食べてみれば分かる。お茶を用意させたからこちらにおいで」


「はい!」


「それにしても相変わらず草ばかり取ってどうするつもりだ?」


「時間が沢山あったので薬草の本を読んだらとても面白かったんです。傷薬や痛み止めを自分で作れたらいいなと思って」


「それなら庭師のヤンが詳しいから彼に習うといい。草はどれも似ているから間違うと大変なことになる」


「いいんですか?!嬉しい」


 ……何の役に立つかは分からないが、今は何か熱中出来るものがある方がいいだろう。ヤンは信用出来るし後で話してみよう。

 ゴートロートはそう思い、目の前で美味しそうにお菓子を食べるシャールを微笑ましく見ていた。



 それから数ヶ月間、シャールは庭師のヤンに薬草についてみっちりと教えられた。それはもう薬師として明日から王都でも店を開けるほどだとヤンからお墨付きを貰えるほどに。


「ここまで教えるつもりはなかったんですけどね」


「ありがとうございます。ヤンはどうしてこんなに詳しいんですか?」


「旦那さまがお前は見どころがあるから勉強してこいと王都の学校に通わせてくれました。そこで草や花に興味を持ったんです」


「すごいですね!ヤンは才能があったんだ」


……シャール様ほどではないですよ。


 先生の立場のヤンは苦笑いした。なにしろこの美貌の姫はとにかく飲み込みが早いのだ。一を聞いて十を知るという言葉通り、すぐに応用が効くのでヤンさえ思いつかなかった薬のレシピを独自に考え出す。

 これは全ての草の効能を知っていなければ出来ないことで、こんな所で趣味として埋もれさせてしまうのは本当に惜しいとヤンは思う。

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