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第47話 夜の散歩

「さあシャール様、ひとまず体を拭いて着替えましょう。その間に私がアルジャーノン様のご予定を伺ってきますので。アミル頼むわね」


「はい!お任せを!」


「マロルー!でももういないかもしれない」


 そう思っただけで足が震える。だってもう会えないかもしれないのに。


 マロルーはそんなシャールに優しい声で「大丈夫ですよ。まだおられますから」と言って部屋を出て行った。


 ……ひとまずあのままお別れというわけではないらしい。シャールはホッと息を吐く。


「ねえアミル」


「はい?」


アミルはシャールの髪を梳かしながら鏡の中の不安な顔を覗き込んだ。


「ずっと聞きたかったんだ。アミルの実家は大丈夫?」


 アミルは破顔して頷く。


「支援いただいてからシャール様の仰る通りに兄を廃嫡し親戚から養子を迎えました。その子がとても優秀でしっかりと両親の面倒も見てくれて事業も順調です」


「そう。安心した」


 目が覚めると自分の知らないところで死んだ事になっていると聞かされ、何もできなくなってしまったからずっと気になっていたのだ。


「それよりシャール様はご自身のことを考えなくては」


「僕のこと?」


「ええ。これからどうされたいですか?」


「どうしたいかって……」


 生まれた時から次期皇太子妃、それにいずれは皇后になるべく育てられた。やりたいことや着るドレスさえ自由にならず、ただ必死に目標に向かって生きてきたのに。


 (そんな僕にやりたいことなんてあるわけない。)


「シャール様はもう自由なんです。好きな方と結婚して子供を産んで幸せな家族を作れるんですよ」


「結婚?子供?」


 なんだかピンとこないな。


「そうですねー例えばアルジャーノン様とか?」


「えっ?!何言ってるの?!アルジャーノンと結婚?!そんなのあるわけないでしょ!相手は皇室騎士団のリーダーだよ?!」


「まあ辞めてもどこでも働けますし?」


「僕のためにアルジャーノンが騎士を辞めるなんてあっちゃいけないでしょ!」


「それはアルジャーノン様がお決めになることだと思いますけど?」


 アミルはクスッと笑って「顔赤いです」とシャールを揶揄う。


「もう!」


 怒ってはみたけれど、確かに言われてみれば、鏡に映る顔は恋をしているように見える。


「やだなあ……」


 シャールは頬を抑えて少しでも早く火照りを抑えようと苦戦した。





「シャール様、お呼びでしょうか」


 そろそろ寝ようかと思っていた頃、ドアの外でアルジャーノンの声がした。


(えっ?!いま?!)


 お礼を言いたいとは言ったが、まだしばらく滞在すると聞いて安心していた。だからまさか今日だとは思わず、慌てて夜着の上から上掛けを羽織る。


「ごめんなさい、少しお待ちを……」


 急いで鏡を見て櫛でサッと髪を梳かして、すました顔でドアを開ける。


「少し遅いですが散歩に行きませんか?」


「はい!」


 緊張で声が大きかったのだろうか。アルジャーノンに笑われた気がする。


「すみません、まだ一人でちゃんと歩けないので腕を貸していただけますか?」


 恥ずかしいが転ぶよりマシだ。


「もちろん。光栄です」


 そう言って差し出された腕を取って二人は庭に散歩に出かけた。



「あの……僕あまりあの日の記憶がないんですが助けてくださったと聞きました。ありがとうございます」


「いえ、そんな大怪我をさせてしまってこちらこそ申し訳ありませんでした」


 アルジャーノンのせいじゃない。全部セスの責任なのに。


「あの魔獣はどうなりましたか?」


「討伐しましたのでご安心ください」


「そうですか良かった。あの森には小動物も多いと聞いていたのでほっとしました」


「……?確かに手前には小動物も少しいますけど多くはないですね。あそこは危険な森です。少し中に入ると魔獣の根城がそこかしこにあるんです。どうして皇太子があんな所に貴方を案内したのか理解に苦しみます」


「そうだったんですか……」


 でもどうしてだろう。自分だって危険なはずなのに。


「それにしてもシャール様がお元気になられて本当によかった」


アルジャーノンがシャールを見つめる。その後ろに大きな月が輝いていて彼の髪や頬の輪郭を照らした。まるで光の粉が撒かれたみたいに柔らかく輝くその光はアルジャーノンの優しさそのものだった。


「……でも」


 アルジャーノンはシャールの肩の辺りに視線を移し悲しげな顔をした。


「貴方の美しい肌に酷い傷がつくのを防げませんでした」


「それは……アルジャーノンのせいではありませんし、僕はもう皇太子の婚約者ではないので問題ありません」


前生でセスはこの傷を蔑むように見て侮蔑の言葉を吐いた。彼をかばって出来た傷を気持ち悪いと言ったあの男に比べたら……。

 いや、比べるべくもない。アルジャーノンに非は一切ないのだから。



「シャール様」


「はい?」


「お許しいただけるならまた伺ってもいいですか?」


「……でも貴方は皇室に属する騎士団の方です。僕と会っていることが誰かに知られたらどんな咎を課せられるか……」


「構いません。ただ貴方のお許しが欲しいのです」


「……僕も……会いたいです」


 その時のアルジャーノンのはにかむような笑顔をシャールはきっと一生忘れないだろうと思った。







「ルーカ様、皇后陛下がお呼びです」


「またあ?」


 ソファに寝転んでクッキーを食べていたルーカは嫌そうな顔で体を起こした。


「もう行きたくない。皇后陛下は僕のこといじめるんだもん」


「……ご命令です。ルーカ様」


「ルーカ様ルーカ様うるさい!皇太子妃様って呼べって言ったよね?!」


「申し訳ありません。皇后陛下からルーカ様とお呼びするようにと命をうけております」

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