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第46話 恋心

 アルバトロスたちが古城についてからしばらく後に、馬の蹄の音に気付いてテラスに様子を見に行ったシャールはそこで信じられない人に再会した。

今まさに会いたいと思っていたアルジャーノンその人が目の前に立っていたのだ。


「え?どうしたの?なんでこんなとこに……」


夢を見ているのだろうか。

シャールは無意識に自分の少しふっくらした頬をつねる。


……痛い。


「シャール様、ご無沙汰しております。お加減はいかがでしょうか」


 深々と礼をする彼は半年前と何も変わらない。むしろ少し痩けた頬が男らしさを醸し出していて胸がドクドクと大きく脈打つ。


「驚いたかい?」


アルバトロスがゴートロートを伴いテラスまでやって来た。


「アルジャーノンはシャールの命の恩人だ。実は最初にシャールを亡くなったことにして逃がそうと言ったのはアルジャーノンなんだ。シャールをここに連れてくる時も振動の少ない馬車を用意してくれたり、皇后の動向を探ってくれたから安全にここまで連れてくる事が出来た」


「そうだったんですか……」


 感動に震えるシャールはアルジャーノンに近づこうと一歩踏み出す。……だが。


(ああああっ!僕こんな寝巻きみたいな格好で!)


 シャールは慌てて部屋に戻り、ソファにかけてあった布を剥がして羽織る。

考えたら肌もボロボロだし髪だってパサパサだ。こんな姿で会いたくなかったと恥ずかしさに消え入りそうになった。


「父上!アルジャーノンが来るなら早く言ってください!」


 シャールは泣きそうになりながらアルバトロスを睨む。ゴートロートはそれを目を丸くして見ていたが、やがてその理由を理解したのか大声で笑い出した。


「大叔父様っ!何がそんなにおかしいんですか!」


「いやあいい男じゃないか。シャールに会いに来てくれたんだろ?良かったな」


「もう!よくないです!そんなこと言うなんて酷いです!」


あんなに会いたかった人なのに恥ずかしさのあまりすぐ帰って!と言ってしまいそうな衝動と闘うシャールはどうしたらいいのか分からない。

けれどその時、アルジャーノンの方から「にゃう」と懐かしい声が聞こえた。


「えっ?今の声……もしかして?ミルキー?」


「はい。ミルキーもシャール様に会いたいと言うので連れて来ました」


「えっ!本当?ミルキー!」


そんなの僕の方こそ会いたかったよ!


シャールはさっきまでの葛藤などすっかり忘れてテラスから続く階段を駆け下りた。

そしてアルジャーノンの目の前まで着くとワクワクしながらミルキーの姿を探す。だが猫の姿は見えない。


「あれ?この辺りから声がしたよね?」


アルジャーノンは微笑みながら胸にくくりつけていた布袋の紐を解いた。するとそこからぴょこんと顔を覗かせる真っ白の猫が見える。


「ああ!ミルキー!!」


 シャールは思い出よりも二回りくらい大きくなった真っ白な猫を袋から出して抱きしめる。


「よく来たね!ミルキー!こんな長旅よく頑張ったな!すごいねー!」


 頬擦りして撫で回し、散々再会の喜びを分かち合っていたが、ふと気づくとアルジャーノンの顔があまりに間近にあり、シャールは驚いて固まった。


(あっ……)  


 夢中で気付かなかったが、アルジャーノンの腕に抱かれるような体制でミルキーと戯れていたのだ。しかも地面が柔らかい芝生だったので体制を崩さないようにとアルジャーノンの手はシャールの腰を支えている。


(これは恥ずかしい!)


 消え入りたい気持ちでそろそろと彼のそばを離れるシャール。だがミルキーは決して離さない。

 笑いを噛み殺しているアルバトロスとゴートロートはアルジャーノンに中に入るよう促して食事を振る舞った。




「はあ……本当にびっくりした」


 食事が終わり、ひと足先に湯に浸かりに来たシャールはまだ熱い頬を両手で押さえた。

 もう二度と会えないと思っていた人と、思いがけず会えた嬉しさに舞い上がって変なことばかりしてしまった気がする。


「あんな遠くから会いに来てくれたんだよね。でもどうして?」


 アルジャーノンもシャールに会いたかったのだろうか。いやそんなはずはない。だって彼は自分に特別な感情なんて持ってないんだから。皇太子妃候補じゃなくなった自分に構う理由なんて何もないはず。


「僕だってもう彼に危険はないんだから近づく理由はないんだよ」


 それでも顔を見られて飛び上がるくらい恥ずかしくて嬉しくて幸せだった。


 この感情はなに?


「そういえば父上がアルジャーノンを命の恩人っていってたな」


 もしかして魔獣に襲われた時、助けてくれたのはアルジャーノンだったのか?痛みと恐怖であの日の記憶は曖昧だ。でもそれが事実ならちゃんとお礼を言わないと。


 湯に浸かるといつも痛む傷が今日はまったく気にならない。


「アルジャーノンはいつまでいるんだろう。まさかもう帰っちゃった?!」


 それに気付きシャールは慌てて湯から上がると濡れた体に夜着を引っ掛け、まだよろめく足を奮い立たせ精一杯の速さで屋敷にある自室に戻った。


「まあ!シャール様!お一人で湯場から戻られたんですか?!」


 マロルーが信じられないという顔でシャールを叱る。


「……ごめんなさい。迎えが待てなくて」


「まだたった数分ですよ?いつも二時間ばかり入っておられると聞いたんですが、城のメイドは嘘をつきましたか?」


 アミルも険しい顔をしていた。


「違う違う!用事を思い出したんだ!」


「用事?」


「そう……アルジャーノンにちゃんとお礼言ってなかったから……もう帰っちゃうかもと思って」


「……そうですか。んんっ!それは仕方ないですね」


「アミルなんでそんな変な顔するの?」


「変な顔?おやめ下さい。普通ですよゴホッ」


 嘘だ。すごくニヤニヤしてるもん。


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