「母上!」
「まあ、なんなの騒々しい」
自室でお茶を飲んでいた皇后は息子であるセスの突然の訪問に眉を寄せる。
「シャールが亡くなったって嘘ですよね!?」
「耳が早いわね。誰に聞いたの」
「父上の側近が俺を訪ねて来て、早急に次の皇太子妃を決めなければならないと……ねえ嘘ですよね?!」
「嘘じゃないわ。明け方公爵家から伝達が来たわ。残念だけどシャールは魔物から受けた傷が元で亡くなったそうよ」
「そんな……!」
セスはその場にくずおれ、床に臥す。
「みっともないからやめなさい。それよりボタンがちゃんと嵌ってないわ。部屋から出る時はきちんと身なりを整えなさい」
「母上!それどころではないでしょう?!シャールが死んでしまったんですよ……未来の皇后が……俺の伴侶が……!!」
「……そんなこと言ったって仕方ないでしょう。とんだ計算違いだわ。あの優勢オメガなら必ずやアルファを産んでくれると思ったのに……」
ベラは悔しさに歯噛みした。
「俺はこれからどうすれば……。シャールのいない世界でどうやって生きていけばいいのですか……」
「大げさね。オメガは他にもいるでしょう?」
「……シャールがいなくなった途端に何を言うんですか!……それに次期皇太子妃候補の姫はオメガではないでしょう?」
ベラはニヤリと笑って扇を広げる。そしてセスに向かって言って聞かせるように言葉を続けた。
「いいこと?セス。あの幼い姫との縁談は陛下が決めたことなの。もうベッドから起き上がれもしない陛下の言うことなんて聞く必要あると思う?あの姫はオメガじゃない。だから破談よ。皇太子妃にはどうしてもアルファを産んでもらわないと困るの」
「……なぜそこまでオメガやアルファに固執するのですか?俺だって……『黙りなさい!』」
ベラは激しくセスを叱責する。まるでそれを口にしたら命を取られてしまうかのような勢いで。
「いいこと?セス。スペアのオメガがいるでしょう?赤目は気に入らないけど劣勢オメガとはいえ何十人も産めば一人くらいはアルファが生まれるはずよ」
「母上?」
「オメガなんてそのために存在してるんだから。あの卑しい種の価値なんてそんなものよ」
「ご自分もオメガではないですか。それなのにどうしてそんな言い方を……」
「あなたには分からないわ。ところで今あなたの部屋のベッドで寝てるのはその赤目のオメガでしょ?」
「……ど、どうしてそれを」
「まったく。シャールがいないと生きていけないなんてどの口が言うのかしら。せいぜいあのオメガを可愛がって沢山子供を産ませなさい。さあ早く戻って!」
「でも」
「セス!」
「……はい」
セスは失意のままに皇后の部屋を出ると、仕方なく自室に戻るべく足を一歩踏み出す。
けれどあの部屋にはルーカがいる。それを思い出して踵を返し温室に向かった。
あそこにいればシャールは会いに来てくれるかもしれない。そんな愚にもつかぬことを考えながら…………。
「……王子さま?」
広いベッドで目が覚めたルーカは隣にセスの姿を探して目を彷徨わせた。
「嫌だ……なんで?王子さまどこにいっちゃったの?」
せっかくフェロモン誘発剤を使ってまで彼を誘惑したのに。こんな姿の自分を置いて一体どこに行ってしまったのか。
ルーカはシーツを素肌に巻き付けて裸足のままで部屋を出た。通りすがるメイドや侍女がギョッとしたように自分を見ている。
「王子さまはどこですか?」
警備をしていた兵士に聞くが、ルーカのあられも無い姿に驚き顔を赤くして返事もできずにいた。
「もういいです」
そうしてまたセスを求めて城中を彷徨い歩く。
こんな風にセスを探していれば、ルーカがセスと関係を持った事が一目瞭然だ。いくら他に次期皇太子妃候補がいても城中の噂になれば流石にルーカを皇太子妃にしてくれるだろう。ルーカはそう考えていた。
そんな思惑を抱え、温室まで足を伸ばす。裸足なのでそろそろ足が痛くなってきたが、セスを見つけるまで戻るわけにはいかない。そしてようやく温室に植えられている大きな木の陰に彼を見つけた。
「王子さま!」
巻きつけたシーツを肩まではだけてルーカはセスに飛びつく。そしてさっきまで情熱的に求められていた幼い肢体を彼の前に晒した。
「ルーカ……!なんて格好……」
「寂しかったよ。どうして僕を一人にしたの?もう僕たちは夫婦も同然でしょ?」
ルーカはグスグスと泣き真似をしながらその逞しい体にしがみつく。
だが、セスはさっきのように抱き返してくれない。
「……王子さま?」
「ルーカ、離れるんだ」
「えっ?」
ルーカは咄嗟に何を言われたのか理解できずその場に固まる。だがセスはそんなルーカを乱暴に自分から引き剥がした。
「いたいっ!どうしたの?王子さま。さっきはあんなに優しかったのに。それにすごく情熱的に僕の……『やめてくれ!!』」
「……王子さま?」
「シャールが死んだんだ。それどころじゃないだろう……!」
「シャールが死んだ?嘘でしょ?」
「嘘じゃない!」
そう言うなり、セスは蹲って地面を叩いて咆哮のような泣き声を上げる。
ルーカはその姿を見てうっそりと唇を歪めた。
うまく行ったんだ。ほっといてもどうせ死んでただろうけど。アミルの毒と僕が雇った刺客、どっちが先に止めを刺したのかな?
それにしてもやっと死んでくれた。今はセスも悲しんでるけどそのうち僕の良さに気がつくよね。だってこんなに可愛いんだから。
温室の窓に映る自分の顔を見てルーカはにこりと微笑む。ほら、寝起きだってこんなに綺麗なんだよ?もうセスは僕のもの……
ルーカは泣き続けるセスを横目で眺めながら、これからの自分の幸せだけを考えていた。