「シャール様、今日も届いてますよ」
マロルーが大きな花束を抱えてシャールの部屋に戻った。
「毎日毎日どなたか存じ上げませんがありがたいですね」
匿名で届く見舞いの花は既に広い部屋の半分を占めている。それぞれが喧嘩しないように上手く組み合わされた花たちで、控えめな香りを部屋中に漂わせていた。
「素敵ですね、それに引き換え婚約者様はどうなさったんでしょう」
シャールの額の布を取り替えながらアミルが呟く。
ずっと高熱が続いており、冷たい水で浸した布を何度変えてもキリが無い状態だ。
「なんでも目の前でシャール様が魔獣に襲われたのを見たショックが大きく見舞いにも来られないそうよ」
マロルーの言葉にアミルはふっと笑った。
「ショックなら大怪我をされたシャール様の方が大きいと思うんですけど」
「本当だわ」
そう言いつつ、マロルーは寝たきりのシャールのベッドシーツを上手に変えていく。胸の傷はかなり深く、今だにジクジクと出血が続いていた。
「マロルーさん、今夜は私に夜通しの看病をさせてください」
「……でも」
「毎日だとマロルーさんが倒れます。私もシャール様のお役に立ちたいんです」
「そう?じゃあお願いしようかしら」
「はい」
アミルのエプロンのポケットで薬の包紙がカサリと音を立てた。
不幸な事故から一週間。
セスはずっと城の自室に閉じこもっていた。
「俺はどうしてあんなことをしたんだ……」
シャールを突き飛ばすつもりはなかった。むしろ守らなければと思っていた。
それなのに……
「あんなところに行くんじゃなかった。それにシャールの言う通りちゃんと護衛をつけていれば……」
後悔ばかりが押し寄せてくる。
セスは実際に魔獣を前にした恐怖で何も分からなくなったのだ。
その結果、シャールは死ぬほどの傷を負った。
幸いと言うべきか、セスがそんな卑劣な行動に出たことはみんな知らない。……ミッドフォード家の人間を除いて。
「まったく一体誰なんだ。勝手に後をついてくるなんて命令違反もいいとこだろ」
シャールの命を助けた騎士が公爵家に全て話してしまったため、セスは見舞いにも行けず体調不良ということにして隠れて暮らす羽目になっているのだ。
「だが、シャールの命を救ってくれたことには感謝しないとな」
ベッドに横たわり暇を持て余していると余計なことばかり考えてしまう。
「早くシャールに会いたい」
そして精一杯謝ろう。
シャールならきっと許してくれる。
早く許してもらってこの罪悪感から解放されたい。
……でももし許してくれなかったら?
セスは嫌な汗が出るのを感じた。
オメガ姫を娶れなかったらこの国の王として示しがつかない。アルファの子供を残すこともできず神殿の信頼も失うだろう。
「どうしたらいいんだ。いや、きっと許してくれるはず。でも……」
一度嫌な考えに取り憑かれてしまうと気分転換するのは難しい。ましてや外出もままならないこの状況だ。
「シャール早く目覚めてくれ」
祈るようにセスが呟いたその時、ドアがノックされルーカが姿を現した。
「王子様っ!」
「ルーカ?」
パタパタとベッドまで走り寄ったルーカはセスの手を取って自分の頬に当てた。
「可哀想な王子様。閉じ込められちゃったの?」
「いや閉じ込められてるわけじゃ……」
「王子様は何も悪く無いのにね」
「えっ?」
ルーカは聴いていないのだろうか。
俺のあの卑劣な行動を……。
「だって王子様はシャールに素敵な景色を見せてあげたかっただけなんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ悪く無いよ?いいことしたんだから」
「え?あ、うん」
「それに魔獣が出て王子様は逃げろって言ったんでしょ?それなのに逃げなかったシャールが悪いんだよ」
「でも……」
「可哀想な王子様。何にも悪く無いのにこんなに罪悪感を感じちゃって」
セスは段々と頭がぼんやりしてくるのを感じた。
「……でもシャールが怒って婚約破棄と言い出したらどうしよう」
「大丈夫だよ。あれだけの怪我なんだから死んじゃうよ。そしたら仕方ないでしょ?」
「それはまあ……」
ルーカはいつのまにかベッドに登り、セスの傍らに寄り添っている。ほのかに香るオメガのフェロモン。
セスの意識はますます現実から乖離してゆく。
「だから僕と結婚して」
「いや、ルーカそれは出来ない。シャールが死んでもルーカとは結婚できないんだ」
「じゃあ他の人と結婚するの?アルファが生まれないのに?」
「……そうだな」
ルーカは上体だけ起こしたセスの上に馬乗りになりその茶色の瞳を見つめる。
「僕ならアルファの子供を産めるよ」
「何を……まだヒートも来てない子供が何言ってるんだ。早く降りなさい」
「ねえ」
ルーカは着ていた服の胸元にあるリボンをはらりと解いた。それだけでストンと布が下に落ち、腹の辺りまでルーカの全てがセスの目の前に晒される。
「ルーカ……!ふざけるんじゃ無い!」
「王子様?オメガはヒートが来てなくてもできるんだよ」
「……出来るって何が……」
「教えてあげようか?僕ね、大人になれるお薬を飲んでるんだ。だから赤ちゃんが出来るのだってそんなに先の話じゃないよ?」
「……ルーカ……」
ルーカはセスの首に抱きつき、耳元で呪いのように「セスは悪くない」と繰り返した。
俺は一体何をしてるんだ……
セスの意識がますます混濁し、目の前にいるのが誰かもよく分からなくなってくる。
「俺は悪くないのか?」
「そうだよ。王子様は何も悪くない。悪いのは全部シャールなんだよ」
「シャール……?」
「そう」
ルーカの目が赤い目がキラキラと輝いていた。
柔らかい体がセスを心ごとがんじがらめにする。
「ルーカ」
うわごとのようにそう囁きながらセスはルーカに覆い被さった。
ミッドフォード公爵家から王室宛に皇太子の婚約者であるシャール・ミッドフォード死亡の知らせが届いたのは翌日の朝のことだった。