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第41話 神様

(本当に馬鹿だよな……最初から逃げればよかった。せっかく時間が戻ったのに)


結局何も出来なかった。

どんなに争っても運命は変えられないのだろう。


国のためとか民のためとか。

それは大事なことだけどシャールが命をかけるものではなかった。

まだ皇后でも皇太子妃でもないシャールは自身もただの守られるべき国民の一人だったのだから。


……もう動けない。

目の前の獣がゆっくりと口を開けた。


シャールは覚悟を決めて目を閉じる。


だがしばらく立っても痛みはやってこなかった。代わりに熱い液体が顔にかかる。

震える手でそっと拭うとそれは真っ赤な血だった。


……誰の血だ?

顔に傷はなさそうなので自分のものではないだろう。


シャールは薄く目を開けた。


「シャール様!」


「……あっ」


ああ夢を見てるんだ。

神様が最後に頑張ったねってご褒美をくれた。


だって目の前には一番会いたかった人。

アルジャーノンの姿が見えたのだから。











「シャール様!!」


アルジャーノンは魔獣を一撃に伏し、シャールの元へ駆け寄る。

肩から胸にかけて大きく開いた傷。

それは致命傷に見えた。



「シャール様!目を開けてください!部下が助けを呼びに行ってます!すぐ来ますから!」


アルジャーノンは自身の身に付けているものを脱ぎ、あらゆる物で止血を試みた。

だがシャールは死んだように目を閉じ、その顔色はどんどん青白くなっている。


「シャール様!!お願いです!意識を手放さないで!」


目が覚めれば激痛で苦しむだろう。だが、意識のないまま治療が遅れれば更に致死率は上がる。


「シャール様……!どうか……」


アルジャーノンは自身の命を注ぎ込むかのようにシャールを抱きしめるが、やはりその体はピクリとも動かなかった。


「神様!お願いです!俺の命と引き換えにこの人を助けてください!」


天を仰ぎ祈っていると、先ほど倒した魔獣の体に何か光るものが見えた。


アルジャーノンはそっとシャールを草の上に寝かせてそれを取りに行く。


「……なんだこれは」


半透明の小さな丸い玉。

初めて見たそれをアルジャーノンは手に載せてフラフラとシャールの元まで戻った。

そしてその得体の知れない何かを確信を持ってシャールの口の中に押し込んだ。


「え?俺は何をしてるんだ?」


我に返ったアルジャーノンが慌ててそれを取り除こうとするが、その玉はシャールに吸い込まれるようにふわりと消えてしまった。


「今のは一体……」


「……アルジャー……ノン?」


「シャール様!!」


意識を取り戻したシャールは耐え難い激痛に顔を歪める。


「痛いですか?」


「……いたい」


良かった。痛みはまだ感じられるんだ。

アルジャーノンが傷口を確認すると先ほどからドクドクと流れ続けていた胸の血が止まっている。


急に?どうして……。


「アルジャーノン……僕死んじゃうのかな」


虫の息で怯えるシャールにアルジャーノンは精一杯寄り添い、勇気づけようと試みた。


「助かります!だから俺の顔を見ててください!なにか話をしていましょう」


「……うん……あのね」


「はい!」


「アルジャーノン……は……普段は俺って……いうんだね」


口から血を流しながらシャールはふふっと笑う。気付けば傷の表面が渇き始めている。


もう大丈夫だ。


アルジャーノンはシャールを抱き上げて、普段はまるで信じていない神に心からのお礼を呟いた。







「一週間も目を覚まさないのよ」


公爵邸ではリリーナがアルバトロスに力無く呟いている。リリーナの方が病人のようにげっそりとやつれていた。


「分かってる。けれど時間と共に傷は塞がっているんだ。眠っていた方が痛みを感じずに済むと医者も言ってたじゃないか」


公爵家の主治医だけではなく色々な所から呼び寄せた名医が泊まり込みで治療にあたっている。そんな医者たちが峠は越えたというのだから後は待つしかない。


「それにしても……」


アルバトロスはギリッの歯噛みした。

護衛騎士の話では森の中で魔獣に会い、、セスがシャールを突き飛ばして一人で逃げたと言うではないか。

しかもセスの一存で護衛もつけず出かけた先で。


たまたま城を出る二人を見た王室騎士団の一人が念の為とこっそり後をつけていたからシャールは助かったと言うのだ。


「セスめ、ただではおかない」


「……あなた、そんな怖い顔なさらないで。今はシャールが元気になることだけを考えてらして」


「……ああ、そうだな。分かった」


全てはシャールが元気になってから。アルバトロスは胸の内で策を練った。










シャールが大怪我をしてからというもの、自ら看病を志願したアミルがマロルーと一緒に献身的にシャールの世話をしていた。


「まだお目覚めになりませんね」


「そうね。……でも大丈夫。シャール様は強いから」


「……はい」


アミル泣きそうになりながら水を取り変えるため、とぼとぼと廊下を歩いた。


「アミル」


「……ルーカ様!」


アミルはびくりと身体を揺らす。

一時は専属侍女として一日の大半を一緒に過ごしていたが、シャールに言われた言葉で目が覚めてからルーカとは距離を置いていた。

……それでもまだルーカを身の前にすると体が震えて止まらない。


「シャールの様子はどう?」


「間も無くお目覚めになると思います。失礼します」


足早にその場を去ろうとしたアミルの手を掴んでルーカが強引に何かを握らせた。


「……なんですか?」


「薬だよ。シャールの傷が良くなる薬」


……嘘だ。アミルの頭が本能的に警告を出した。


「でも僕からだって言ったらみんな信用してくれないだろ?こんなにシャールのこと心配してるのに。だからこっそりアミルが飲ませてよ。本当に効くんだ。……そしたらアミルの家族の命を助けてあげるよ?」


「……家族に何をするつもりですか?」


「さあ、それはアミル次第じゃないかな。よく考えて。勤め先の主人の死にそうな息子と自分の家族の命。どっちが大事なの?」


「……卑怯です!ルーカ様!」


「うるさいよ。また鞭で打たれたいの?」


以前に躾と称して一晩中鞭で打たれた時のことが脳裏を掠め、全身が震える。


「アミルは賢いもんね。よく考えてね。でもシャールの目が覚める前に飲ませてよ?起きちゃったら効果ないんだ。じゃあ僕は出かけるからよろしくねー」


それだけ言うとルーカは楽しそうに去っていく。


アミルは手に握らされた薬包紙をじっと見つめ、目を閉じた。




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