「え?!シャール様?!どうされたんですか!こんなところで!」
まずい!今生は彼と関わるつもりはなかったのに!
けれど頭を突っ込んだ薮に髪の毛が絡まって抜け出せない。焦ったシャールは後ろに下がろうとして余計に身動きが取れなくなった。
「ごめんね、邪魔して。えっと、その可愛い子と遊んでたらそっちに走って行ったから追いかけて来たんだ」
「そうですか。猫お好きなんですね」
「うん。生き物はなんでも好きだよ」
平常心を装い、普通に受け答えをしているが内心どうやってここから抜け出そうかと必死に思案している。そんなシャールの気持ちに気付いているのか、アルジャーノンが必死で笑いを堪えている様子が窺えた。
……アルジャーノンは案外意地悪なのかも知れない。
恨めしい表情でジロリとアルジャーノンを見上げると、コホンと咳払いして取り繕う彼の姿が見えた。
「シャール様、髪を枝から外してもよろしいですか?」
「……お願いします」
絡まる枝を折りながら取り除き、ようやくシャールは薮から抜け出せた。
恥ずかしさも相まってさっさと退散しようと思っていた所に、アルジャーノンが抗えない提案をシャールに向かってちらつかせる。
「餌をあげてみませんか?」
「えっ?猫に?いいの?」
シャールは嬉しさに飛び跳ねた。
アルジャーノンはまたしてもクスクスと笑いながら「失礼します」とシャールの髪にくっついた葉っぱを綺麗に落としてくれる。
「……あ、ありがとう」
「いいえ、こちらへどうぞ」
そしてシャールの腕に子猫を託して前に立って歩き出した。シャールは暖かい命の重みを感じながらアルジャーノンの後を追いかける。
「可愛いね」
「可愛いですよね」
そんな他愛もない会話をしながら連れて行かれたのは、いつもの騎士団の練習場。その広場の片隅に物置のような小さな建物があった。
ミルキーのお屋敷はどうやらそこらしい。
「すごいねミルキー。君は一国一城の主人なんだね」
平たい皿に注がれたミルクを一心に飲む子猫に思わず口角が上がる。そんなシャールにアルジャーノンは柔らかく煮た鶏肉の細切れを差し出した。
「今はまだ小さいのでミルクと鶏肉をあげてるんです。でもすごく食いしん坊なのでびっくりしますよ?」
ミルクを飲む毛玉を愛しそうに見つめてそう教えてくれるアルジャーノンに、シャールは胸が締め付けられた。
前生でもミルキーはアルジャーノンの側にいたのだろうか。彼がいなくなってからもちゃんと誰かに世話をしてもらえただろうか。
ミルキーはぺろぺろと上手に舌を動かして口の周りを真っ白にしながらもミルクを全部飲み干した。
そして鶏肉の匂いに気が付いたのか鼻をくむくむと動かし、シャールの元に飛んでくる。
「わあ賢いねミルキー。次はお肉だよ」
シャールが小さくちぎった鶏肉を掌に乗せて差し出すと、あぐあぐと咀嚼して懸命に飲み込んだ。時間はかかったが、こんなに小さくても必死で生きているんだとシャールは感動する。
「可愛いね」
「可愛いですよね」
またしても同じような会話をしながら二人で猫を見て微笑みあっていると、侍女がシャールを呼ぶ声が聞こえて来た。
「戻らなきゃ。どうもありがとう」
「こちらこそ、この子を可愛がってくださってありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアルジャーノンに、シャールは後ろ髪を引かれるような気持ちでその場を去る。
それは猫への興味か、それとも……
翌日からもシャールは隙を見つけては練習場に通い詰めた。他の騎士が訓練をしていても猫は広場の隅にいていつも呑気に昼寝をしてる。
「ミルキー?」
小さく呼びかけると目を閉じたままいつも「にゃん」と返事を返してくれる。
シャールはその柔らかい身体を飽きもせず撫で、食事の時間にはアルジャーノンと一緒に餌をあげているのだ。
「すっかりここにも馴染まれましたね」
苦笑まじりに隊員にそう揶揄われ、シャールは頬に朱を散らした。
(猫に会いに来てるだけだもん。何も恥ずかしくない!)
そのはずなのに……
「リーダーは用事があって留守にしてるんですが昼には帰ると言ってたのでもうすぐ会えると思いますよ」
「……そ、そうですか」
(ああー!アルジャーノンに会いに来てると思われてるー!)
シャールは恥ずかしさのあまりゴシゴシと猫を撫でた。ミルキーは少し迷惑そうに「うにゃん」と鳴く。