リリーナが困惑した顔でシャールに助けを求める。
「それで?どうして泣いてんの?サラがどうしたって?」
「あの女が!僕にワインをかけたの!」
「それはさっき聞いたよ……だからどうしてそんな状況になったのかって聞いてんの」
「……」
(やっぱり先にルーカがサラになんかしたんだな)
「言わないのなら部屋に戻るよ」
「待って!言うから!だから先にあの女連れて来て僕の前で土下座させて!侯爵家のくせに公爵家の僕にこんなことして許せない!」
そう言ってワイン色に濡れた髪を振り乱す。
……
「はあ……」
シャールは黙ってアルバトロスを振り返った。
アルバトロスは何ともいえない顔でシャールを見つめる。
……恐らく同じ問答がずっと繰り返されてるんだろう。
アルバトロスだけならルーカを一喝して終わりだが、リリーナがいるのでそれもできない。
アルバトロスはリリーナに嫌われたくないのだ。
「じゃあルーカは先に僕の前で土下座してよ」
「えっ?!嫌だよ!どうしてそんなこと言うの!」
ルーカの目にじわじわと涙の膜が張った。
「そうよシャール!ひどいわよ。理由も言わず土下座なんて!……あっ??」
シャールはため息をついて何かに気がついたリリーナを見た。
「母上は少しだけ静かにしていて貰っていいですか?」
「分かったわ」
よし!
「な?ルーカだって理由も何も分からず土下座なんて嫌だろ?僕だってサラに『理由は分からないけどルーカの前で土下座してくれない?』なんて言えないんだよ。分かるよね?」
「……シャール優しくない。前は何でも言うこと聞いてくれたのに……どうして?」
「ほーら話がすり替わっちゃったね?元に戻そうか?サラと何があったのかな?」
「……とにかくあの女が突然僕にワインをかけたの!!僕は何もしてないのに!」
癇癪を起こしたように足をバタバタさせてそう怒鳴るルーカ。
その時、シャールの後ろからアミルがおずおずと出て来た。
「あっアミル!見てたよね?サラが僕にワインかけたとこ!」
「……はい」
アミルはシャールをチラッと見てもう一度ルーカに向き直った。
「最初からずっと見てました」
「ほらね?悪いのは僕じゃないよ。サラだよ!」
「いえ!違います!」
「……アミル?」
「ルーカ様はサラ様を見つけると走って行かれて、お嬢様のドレスを寄越せと引っ張ったんです」
「「「えっ?!」」」
「お前は侯爵家なんだから公爵家の僕には逆らうなと髪まで掴んで……」
「「「……!!!」」」
「待って!やめて!アミルどうしたの?何でそんな嘘言うの?アミルのこと大好きだったのに僕が嫌いなの?もう一緒に部屋に戻ろう?そして一回話し合おう」
ルーカは必死にアミルに向かって手を伸ばすが、シャールはその前に立ちはだかり彼女を守った。
(もしまだルーカの味方をするようならこの手の甲の傷を理由に解雇しようと思っていたけど)
先ほどの改心は本当だったとシャールは安堵した。例えそれが今だけの損得勘定だったとしてもルーカから一人味方が減ったのは事実だ。
「それで?サラは?何か言ってた?」
「いえ……終始無言で。最後に黙ってワインをルーカ様の頭からかけられてそのまま男爵邸に入って行かれました」
お茶会が始まってからサラの姿を見かけなかったのはそんな理由だったのか。
「話してくれてありがとうアミル。……ルーカ、土下座はこっちの方がしないといけないね」
「どうして?だってずるいよ!サラはあのドレスをブティックから貰ったんだよ?ただで!そんなのくれてもいいじゃないか。それに公爵家の当主が侯爵家に土下座するなんて父上が可哀想でしょ?僕は家門の矜持の話をしてるんだよ!」
「「「は?」」」
(矜持なんて難しい言葉をよく知ってたな。そう言う都合の良いことだけはしっかりと覚えてるんだもんな……いや、それよりどうして父上が土下座をする話になってるんだ?謝るのはルーカだろう?)
だがルーカが涙を流して力説してもさすがのリリーナももう止めることはしなかった。というよりも驚き過ぎて絶句していたという方が正しいかもしれない。
「ルーカいまアミルが言ったことは本当か?」
「そんなの本当か嘘かが問題じゃなくて、侯爵家が公爵家に逆らったことの方が大問題だと思うんです」
「ルーカ!!!」
アルバトロスはこめかみに青筋を立てながらルーカを叱りつけた。
「謝るのはお前だ。とりあえず付き添いはしてやる。お前が一人で行ってもサラ嬢は会ってもくれないだろうからな」
「ええ?父上が僕の代わりに行ってください。僕は悪くないから謝りません」
「とにかく来い!!」
「あっお母様!助けて!」
「頑張って謝るのよ!ルーカ!」
アルバトロスに引きずられるように連れて行かれるルーカの、物悲しい悲鳴は公爵邸はおろか、その近辺まで響き渡っていた。
どこまでも広い草原と澄み渡った青い空は見ているだけで身体中が綺麗になるような感覚を覚える。
「サラ!いい馬だね」
「そうでしょ?自慢の愛馬よ」
その日僕は約束通りサラと一緒に遠乗りに出かけていた。