「あれ?まだいたの?帰りはルーカと一緒だと思ってたのに。……そういえばルーカを会場で見なかったんだけど」
シャールの言葉にアミルはビクリと体を震わせた。
「……ルーカ様は、他のご令嬢とトラブルがあり出席されませんでした」
「……どういうこと?」
「侯爵令嬢に失礼なことをしたと……」
「侯爵令嬢……サラのことかな」
あの場に他の侯爵令嬢はいなかったはず。
「それで始まる前に公爵邸に戻されました」
「ふうん、後でサラに謝っとくよ」
「……はい」
「……」
「それで?どうしてルーカと一緒に帰らなかったの?」
「……シャール様!」
アミルは揺れる馬車の中で突然シャールの足元にひれ伏した。
「なに?びっくりした!危ないからちゃんと座っててよ」
それでもアミルは顔を床につけたまま動かない。
「シャール様!今までの失礼な態度、申し訳ございませんでした!」
「……理解したの?どっちが得なのか」
それには答えずアミルはひたすら頭を床に擦り付けている。
「もういいよ、座って」
アミルはのろのろと椅子に座り直し、顔を下げたままもう一度謝罪の言葉を口にした。
「私は……何をすればいいのでしょうか」
「一つ教えて?アミル」
「何でしょうか」
「アミルは今までどんな気持ちでルーカと一緒にいた?どんな気持ちでみんなをいじめてたの?」
「……最初はルーカ様が怖かったです。でもルーカ様のいうことを聞いていたら特別扱いされるようになって……段々自分が偉くなったような気がしました。そのうちメイド仲間も私に気を使うようになって、でもそれが寂しかった。……以前のように接してくれない彼女たちに苛立って虐めました」
「うん」
「……私はただの貧乏男爵の娘です。ルーカ様にもういらないって言われたらその日のうちに公爵邸を追い出されて仕事を失い物乞いをするしかないような人間です。ルーカ様の機嫌を損ねないように毎日薄氷の上を歩いているような気持ちでした。そんな生活はもう嫌です。助けてください」
俯いて見えない顔から涙がポタポタ落ちる。
シャールはため息をついて口を開いた。
「被害者ぶってるけどその選択をしたのは自分だからね。家の事情もあるだろうけど虚栄心や傲慢な気持ちがあるからあんな態度を取れるんだよ」
「……はい」
「僕は助けないよ」
「そんな!シャール様!」
「自分の力が足りずに落ちたんだから自分の力で這い上がるしかないでしょ」
「でも私は……どうしたらいいのか」
「自分が正しいと思うことをすればいい。昔のきみはそうやって生きて来たんだろう?」
「……そうです」
アミルは決心をしたように顔を上げてシャールを見た。
「怖いけど頑張ります。みんなももう私となんて話したくもないかもしれないけど……」
「そうだね。アミルは本当に酷かったもん」
「……本当に申し訳ありません。クビにしてくださっても構いません。それだけのことを私はしました……」
「クビにはしないよ」
「えっ?」
「もちろん反省もしてないようならこの傷を父上に見せて紹介状も書かずに屋敷から叩き出してただろうけど」
微笑みながら先ほどアミルがつけた手の甲の傷をかざして見せる。
「辞めるのは簡単だよ。だからクビにはしない。自分で自分の価値を元に戻してみなよ」
アミルはルーカ付きになる前はとても真面目でみんなに可愛がられていたはずだから。
「ありがとうございますっ」
ガタガタと田舎道を走る馬車の中でアミルは声を殺して泣き出す。
シャールはそんな彼女に声をかけることもなく、ずっと窓の外を見ていた。
公爵邸に戻ると珍しくアルバトロスが庭にいた。何かを考えているのかぼんやりと遠くを見ている。
(あんな姿見たことない。何かあったのかな?)
アルバトロスの目が少し虚だったのが気になるが、シャールは元気よくただいま戻りました!と告げて彼の側まで走り寄った。
「シャール!」
「え?ルーカ?」
木の影で見えなかったが、側にあるガゼボにルーカがいたようだ。隣にはリリーナもいて泣いているルーカの肩を抱いている。
(あーめんどくさいとこに帰って来ちゃった。父上だけじゃないと分かってたらそっと屋敷の中に入ったのに!)
シャールは自分を責めたがすべて後の祭りだ。
急いでルーカから目を逸らしてアルバトロスに向き直った。
「父上、元気がないようですが何かありましたか?」
「……大丈夫だ。いや大丈夫じゃないかもしれん。それよりシャールは無事だったか?」
「……?はい、無事ですけど」
(どうして戦地から戻ってきた息子を迎えるみたいな言い方を?)
「何があったか聞いてもいいですか」
「それが『シャール!聞いてよ!』」
……当主の話を遮るな。
それにもうデモンとタチアナでお腹いっぱいでルーカにかまう余力はないんだけど。
「あのサラって女!僕にワインを浴びせたんだよ!このドレス今日のために仕立てたのに!!」
「……サラが?あーそれよりそのドレスはタチアナ嬢とおんなじブティック?」
熱帯雨林に住むオウムみたいな原色ピンクとリボンがタチアナのドレスにそっくりだ。……盛大にかけられた赤ワインが更にいい風合いを出していると言ったらルーカはブチ切れるだろうか。
「違うよ!あんな女と一緒にしないで!僕のはもっとセンスある店のだよ!」
(仮にも義姉になる人になんてことを。それにどっちもどっちだよ)
「それより早く着替えないと風邪ひくよ」
「そうでしょ?私もさっきから何度も言ってるんだけど……」