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第33話 デモンの思惑

(どうしてそれを……?)


「……ご冗談を。そんなこと夢にも思っていませんわよ」


そうは言ったが、デモンの刺すような視線に居心地が悪くなり、早く終わってくれと心の中で祈る。


「シャール様、本当にこのお茶変わった味がしますわ!とても美味しい」


シャールとデモンのただならぬ雰囲気に慌てたミランダがそう言って場を和ませようとした時、お茶会の場にトムズ・バリアン男爵が現れた。


「皆さん本日はお越しいただきありがとうございます」


相変わらず突き出た腹と顎の肉が邪魔そうではあるが、頬のあざも薄くなりすっかり回復したようだ。


「実は本日は皆様にご報告がございます」


集まった令嬢たちは会話をやめてトムズを見つめる。


彼はしばらく沈黙を守った後に、勿体ぶって「まだ秘密なのですが」と話し始める。


「実はこのたび、わたくしが皇后陛下の側近としてお仕えすることになりました」


「まあ!凄いですわ」


そこいら中で令嬢たちの驚きや感嘆の声がする。


「どうかご自宅に帰られましたらご家族によろしくお伝えください」 


「承知いたしました。お父様も驚くと思います」


「本当に素晴らしいお話ですね」


そんな令嬢たちの声をシャールは冷静に受け止めていた。


(なるほど、いくら皇后陛下の命令とはいえ、侯爵や子爵当主を呼んでも来てくれるわけがない。だから令嬢を使ったのか)


こうして自分が皇后と親しくなったことを貴族達に知らしめたかったに違いない。

訳ありの家門を集めたのもそのためだ。

彼らは助けてもらおうとトムズに尻尾を振るだろう。

小さいけれどこうして少しずつ貴族を取り込んでいこうとしているのだ。


(まさか皇后は国王を引退に追い込もうとしてるのか?でも何のために?黙っていてもセスが次期国王になるのは決まっているのに。それとも僕の知らない何かがあるのか?)


シャールは意気揚々と話をするトムズをじっと見つめた。



「シャール」


「え?」


デモンがシャールに向かってカップを差し出す。

仕方なくシャールはそれを手にした。


(同じポットから注がれたんだから大丈夫だよな)


シャールはほんの僅かだけ、唇を付ける。


「だから毒なんて入ってないって」


デモンが赤い髪を揺らしながら笑う。

そしてこそっとシャールの耳元で囁いた。


「今回は毒なんて入れてないよ」




「……いまなんて?」  


心臓がドクンと跳ねる。


(今回は?以前僕に毒を盛ったのはデモンだったのか?いや、それより今回はってなんだよ?まさか前生のことを知ってるのか?)


「デモン!」


開きかけたシャールの唇を、デモンが人差し指でゆっくり抑える。指についた紅を面白そうに眺め、ゆっくりとシャールを見た。


「今度ゆっくり話そう」


ニヤリと嫌な笑いを顔に貼り付け、デモンは去っていった。


(あいつ一体……)



「シャール様、大丈夫ですの?」


ミランダが心配そうにこちらを見ていた。

仕方なくシャールは席に座り直し、大丈夫だと苦笑する。


「何なんでしょう。唇に触れるなんて失礼が過ぎますわ」


他人事なのに憤慨するミランダに他の令嬢も深く頷いた。


「デモン様は乱暴な方だと有名ですもの」


「お茶を淹れてくださったり穏やかに見えましたけど、先ほどシャール様を見る目がとても恐ろしかったです」


(そんな評判悪いのか、あの男は)


そう思って聞いていると、デモンの悪評が次から次へと出て来て驚いた。

ろくな人間じゃないとは思っていたが暴力事件に詐欺事件、どれも有耶無耶にされてはいるがかなり余罪がありそうだ。


「シャール様もお気をつけになって。あ、ご親戚でしたわね、私ったら」


慌てるミランダにシャールは笑って気にしないで欲しいと伝えた。


「むしろそんな悪さをしていたなんて知らずに。ご迷惑をお掛けしました」


「いえいえ私たちは噂を聞いただけですし、ミッドフォード公爵家には全く関係のないことですもの」


「そうですわよね」


令嬢たちの優しさに触れて、シャールはホッとする。そしてそれと同時に先ほどデモンに唇に触られたことを思い出して背中に悪寒が走った。


(気持ち悪い……)


膝にあったナプキンでゴシゴシと口元を拭うシャールに、令嬢たちは憐れみの目で自身のハンカチをそっと渡してくれた。





大きな事故もなく茶会はひとまず幕を下ろした。

無事に済んでホッとしたが、デモンの言った「今回は」という言葉が頭から離れない。


(いや、他の意味かもしれないし。そもそもデモンと二人で会うのなんてごめんだ)


一旦忘れてさっさと帰ろう。そう思い、御者が開けてくれた馬車のドアを潜る。 


そこにいたのは暗い顔をした侍女のアミルだった。


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