タチアナはほら見ろとばかりに周りを見渡すが、どこからも称賛の声は聞こえず、ただ失笑と小声の悪口だけが庭を埋め尽くしていた。
「な、何よ……高かったんだから!今日に間に合わせるためにどんなに大変だったと思ってるのよ」
「ドレスは値段ではありませんわよ。自分に似合うか似合わないか、それだけです。まあシャール様の品のいい上質なドレスを部屋着なんて仰ったくらいですからあなたの審美眼もお察しですけどね」
ほほほと高笑いするサラに、周りの令嬢たちも声を出してクスクスと笑い出した。
タチアナは握った拳をブルブルと震わせ怒りに頬を染める。そして何も言わずにどこかに走って行ってしまった。
(あー子供じゃないんだからあんなに弱みを見せてどうするんだろう)
妃殿下教育の講師たちが見たら気を失いそうなタチアナの貴族として恥ずかしい振る舞いに、改めて教育は大事だとシャールは思い知る。
「ところでシャール、この間言ってた遠乗りだけどいつ行く?」
「ああ、そうだね。最近落ち着いてきたからいつでもいいよ」
「ふふっ、このお茶会、来るつもりなかったんだけど来てよかったわ」
「言われてみればサラがお茶会なんて珍しいね?」
サラは運動神経が良く活発なことでも有名で、男である僕よりも乗馬や狩が上手い。だから滅多に貴族令嬢の集まりには参加しない人なのだ。
「実は公爵様に頼まれたの」
「父上に?」
「シャールが心配だったみたいよ。自分が行くわけにはいかないからって。せっかくだから一緒に楽しみましょうね」
「うん、そうだね」
……父上がそんなことを。
だから前回はいなかったサラに会えたんだ。
それだけでシャールは見えない手で守られている気持ちになった。
その分自分もみんなを守る。
そのためにはやらないといけない事がまだまだあるのだ。
しばらくするとまだ不貞腐れた顔をしたタチアナが、ボソボソと茶会の始まりを告げる挨拶を始めた。
座る席は事前に決められているようで各々メイドが席に案内をしている。
数にして三十名はいるだろうか。周りを見渡すとそこそこの家門の見知ったお嬢様方がちらほらと見掛けられた。
(バリアン男爵家ごときのお茶会にこんなに貴族たちが集まるなんておかしいな)
不思議に思いながらシャールも案内された席に着いた。
「あらシャール様!」
残念ながらサラとは離れてしまったが、隣にいたのは以前会った事のある子爵家の令嬢だった。
「ミランダ様、お久しぶりですね」
「そうですわね、相変わらずお美しいわ!先ほどサラ様と並んでおられるのを拝見して皆でうっとりしておりましたの。同じテーブルで光栄ですわ」
シャールより二つほど年上のその人は、明るく屈託のない性格がとても好ましく記憶に残っていた。
「ところでバリアン男爵家と何か繋がりがおありなんですか?」
シャールが気になっていたことを尋ねると、ミランダはそっと扇で口元を隠しシャールに体を寄せた。
「……実はバリアン家の方々とお会いするのも初めてですの。もちろん主催のタチアナ様ともね」
「じゃあどうして」
「父は皇宮で役職についておりまして。皇后陛下からの命令だったらしいのです」
「……皇后陛下からの……」
シャールにこのお茶会を勧めたのも皇后だ。
人を集めて何がしたいのだろうか。
テーブルには他に見たことのない令嬢が二人座っていた。
以前はデモンやアーリーと同じテーブルだったが、未来は変わってしまったようだ。
(それに以前はこんなに人がいなかった。バリアン家の人たちと他には彼らと仲のいい十名程度の貴族だったような気がする)
昔のシャールは気弱であまり人付き合いも得意ではなかったため、知らない相手と話すことはなかった。
だからそれが誰だったか覚えてはいないのだけど。
「シャール様、婚約式おめでとうございます。とても素敵でした」
向かいに座った女性が微笑みながそう言った。
「ありがとうございます。えっと……」
「失礼しました。わたくしはダリ家のミアと申します。初めまして」
(ダリ男爵家……跡を継いだ長子が出来が悪くて没落寸前だとサラが言ってたな)
シャールは丁寧に挨拶を返して、ふと周りを見渡す。
(……さっき会った令嬢は汚職で当主が捕まって裁判中じゃなかったか?それにあの令嬢。事業で失敗した穴埋めに四十歳以上も年上の平民既婚者の愛人になるって噂されてた……)
「どうかされましたの?シャール様」
「いいえ、何もありませんわ。……ところでミランダ様、ご当主はお変わりありませんか?」
シャールの言葉にふっとミランダの顔が曇った。
「実は……これはまだあまり周りの方にはお話してないんですが……」
ミランダは声を落として続ける。
「父は体調を崩しておりますの。ですからお茶会に出ている場合ではないんですが何しろ皇后陛下の命令で仕方なく……」
「そうでしたか。なにかできる事があれば仰ってください」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで心強いわ」
今後皇太子妃になるシャールと僅かでも繋がっていればいつか役に立つかもしれない。そう思って貰えればいい。
友人と呼べるほどの付き合いはないがミランダは裏表のない素敵な人だった。
そのうちメイドがお茶の用意をするためにテーブルを周り出した。
見事なティーカップやポットに香り高いお茶。それに高級なお菓子が並べられる。
(いつもお金がないって言ってたのにどうやってこんな準備をしたんだろう?まあ自分には関係ない。どうせ飲まないし)
シャールはお茶には手を付けず、同じテーブルの女性たちと会話に花を咲かせた。
「シャールお茶は気に入らなかったか?」
気付くとシャールの後ろにデモンが立っていた。
メイドが気付いてデモンのために椅子を用意する。
(余計なことを!)
嫌悪感を顔に出さないよう注意しながらシャールは黙って愛想笑いをした。
「そうだ、この前買った茶葉がとても珍しい味がしたんだ。おい、持ってこい」
デモンの指示にメイドが急いで邸に戻る。
(気を回さなくていいよ。毒入りのお茶なんて絶対に飲まないから)
間も無くメイドが立派な茶器と共に戻って来た。
人数分のカップを各々の前に置き、ポットから注いでいく。
「これなら安心だろ?」
デモンの言葉にシャールは首を傾げた。
「毒を盛られると思ってたんだろ?」
「!!」