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第30話 お茶会への招待

「ところで貴方に一つお願いがあるんだけど」


ベラの目がキラリと光った。


(……ほらね?やっぱり何か企んでた)


シャールは平然とした態度を見せながらも気持ちを引き締める。


「バリアン男爵家のパーティに招待されているでしょう?」


「……ええ、どうしてご存知なのですか?」


「ちょっと耳にしただけよ」


(……ああ、なるほど)


なぜここでバリアン家の名前が?と思ったが、どうやらデモンとアーリーの件から思った以上にバリアン男爵と仲良くなったようだ。そうなるとお願いというのは……


「せっかくの招待なのに行かないって行ってるんですって?義理とはいえ叔父でしょう?参加してあげたらどうかしら?私から返事をしておいてあげるわ」


(……やっぱり。バリアン男爵経由でルーカが手を回したな?)


もうこれはお願いではなく強制だ。

皇后を敵に回す訳にもいかず、シャールは承諾の意を示した。


「お手を煩わせてしまいますがよろしくお願いいたします」


「勿論よ。分かってくれて嬉しいわ。パーティ当日は妃殿下教育はお休みにしましょう。その遅れは後日取り戻せばいいんだから」


(遅れてなんてないけどな?!)


「皇后陛下のお心遣いに感謝いたします」


シャールは心の中で舌を出しながら、ベラに向かって深々と頭を下げた。



王宮から戻ったシャールは早速宝箱から出した紙を広げ、思い出したことを記録した。


「最初のお茶は大丈夫だったんだ。しばらくテーブルを離れて周りの人と談笑して……二杯目のお茶に毒が入ってたんだよな」


一口飲んだ時点で違和感に気付いてすぐに吐き出したため大事には至らずに済んだが、それでもしばらくは予断を許さない状況に陥った。


「アーリーの婚約者……確かタチアナって言ったっけ」


子爵家の令嬢でアーリーの婿養子先。シャールが会ったのはその時が初めてだったが、わがまま放題育てられたようでなかなかに苛烈な性格をした女性だった。


「とにかく出されたお茶は飲まない。デモンやアーリーと同じテーブルだったからこっそりソーサーごと取り替えてやってもいいな」


先のことを知っているというのはかなり有利だ。同じ手に引っかからないように、とシャールは綿密に当日の計画を立てた。



そしてパーティ当日。

ルーカは準備のために昨夜から実家に戻っている。静かな朝食をリリーナと二人で楽しんだあと、シャールは出かける支度を始めた。


「マロルーこの髪飾りはちょっと派手じゃない?」


「何を仰います。シャール様の選ばれたドレスは素晴らしい物ですがお茶会といえば皆が派手に着飾る社交場です。せめて髪飾りくらいは豪華なものを付けなくては」


シャールが選んだドレスが気に入らなかったマロルーは、それ以外のところを華やかに飾り立てようと躍起になっていた。


(おめかししても見せる人もいないんだし、なんでもいいんだけどな)


そんな思いでシャールが選んだのは白を基調としたシンプルなドレスだった。飾りもほとんど付いておらず一見地味に見えるが、ミッドフォード特産の絹で出来ておりスカートの裾や袖口にふんだんに質の良いレースがあしらわれていた。


「さあこれでいかがですか?」


マロルーが満足げにシャールを姿見の前に誘う。


「わあ……バリアンのお茶会にはもったいないね」


そんな言葉が口をつくほどにマロルーのメイクやヘアアレンジの腕は完璧だった。


「そろそろお時間ですよ。馬車まで参りましょう」


「うん」


そうして秋晴れの中、シャールは敵の巣窟に向かった。



馬車は静かにバリアン男爵家を目指して走っている。

シャールの隣にはルーカの専属侍女、アミルが仏頂面で控えていた。


(気まずい~)


何かにつけて見下すような態度を取るこのアミルがシャールは大の苦手だった。


(僕にだけじゃなく他の侍女やメイドにもキツく当たるんだよな)


ルーカの侍女じゃなかったらさっさとクビにしてやるのに。


アミルの不真面目な態度については以前から問題になっていて、解雇の話は出るのだがその度にルーカが泣いてごねるのでいまだに追い出せないでいるのだ。

その結果、公爵家の一員であるかのような大きな顔をして公爵家に居座っているというわけだ。


「そろそろです」


アミルが鳩時計のように機械的な声を出す。


「分かった」


「門に着きますのでそこからは歩いてください」


「分かっ……えっ?!」


いくら男爵家の敷地が広くないとはいえ門から屋敷までそこそこの距離がある。そもそもこの高いヒールはそんな距離を歩くためのものではないのだ。


「無理だよ」


シャールの返答を聞いてアミルは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「先日公爵様がバリアン男爵様になにをしたかお忘れですか?公爵家の馬車は門から中には立ち入り禁止です」


(……え?あの時の腹いせ?それなら馬車だけじゃなくて僕のことも立ち入り禁止にして欲しかった)


トムズ男爵の盛大に腫れた顔を思い出して笑いそうになるところをグッと堪え、シャールはアミルをじっと見た。


(そういえば過去に戻ってからアミルとちゃんと話すのは始めてだったよな)


アミルの中のシャールは、以前のまま頼りなくルーカに振り回されっぱなしの情けない公爵令息に違いない。


「アミル」


「……なんでしょう」


「このまま邸の前まで馬車を付けて」


「はい?聞いてなかったんですか?その耳はお飾りですか?」


耳でも引っ張ろうとしたのか半笑いでシャールに向けて伸ばしてきた腕を、シャールは強く掴み思い切りねじる。


「いっ!!やめてっ!!」


焦ってもう片方の手をばたつかせたせいでシャールの手の甲に爪が当たる。軽いミミズ腫れになったそれは消えるまで時間を要すだろう。


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