「いちいちナイフで開けなくてもビリッてやっちゃえばいいのに。本当にシャールってグズだよね」
マロルーがいなくなった途端にルーカは本性を現すが、残念ながら彼女は頭がいいからとっくに見抜いているだろう。
「お茶会なんだけど来るよね?」
(お茶会……前生でも招待された奴だ……)
脳裏に嫌な思い出が蘇った。
もしかしたら嫌すぎてわざと忘れていたのかもしれない。だって人生で一番大変な思いをしたお茶会だったから。
「あのね、アーリーの婚約者のタチアナが主催なんだ。僕の友達も沢山来るからシャールにも来て欲しいの。、この間ちょっと誤解があったでしょ?シャールとちゃんと仲直りしたいからさ」
「誤解?」
しおらしくもじもじとしながらシャールを見上げるルーカ。けれど腹の中はシャールを陥れることしか考えていない。
(だって僕はこのお茶会で危うく死ぬところだったんだから)
「ルーカ残念だけど僕はお妃教育が忙しくて行けそうにないよ」
シャールが謝ると、ルーカの目つきがスッと変わる。
「どうして?僕の実家がわざわざシャールの為に開くお茶会だよ?来ないなんて選択肢は無いよね?」
(……逆に行く選択肢は無いんだけど)
「行かないって言ってるだろ?僕の人生に踏み込まないでって言ったよね?」
その言葉にルーカはぎりっと歯軋りをした。
「……何があっても絶対に来てもらうから!」
ルーカはシャールを睨みつけ、部屋を飛び出した。
(あれで諦めてくれたらいいんだけど。そんなはずないか。しばらくは用心しないといけないな)
「シャール様?大丈夫ですか?」
ルーカと入れ違いに部屋に戻ってきたマロルーが、心配そうにシャールを見る。
「うん大丈夫だよ。バリアン男爵家のお茶会に誘われただけ。断ったけどね」
「それがようございます」
マロルーはにこっと笑って床に落ちたクッキーの欠片の掃除を始めた。
妃教育は問題なく進んでいる。問題ないどころか、教師たちからのお墨付きで「もう教えることは何もないので早めに切り上げてもいいのでは?」という話まで出ているくらいだ。
「さすが俺のシャールだ!」
そんなわけで休憩時間が長くなり必然的にセスと過ごす時間が増えている。
(……皇太子教育はどうした?!皇后め!一人息子だからって甘やかすんじゃないよ)
使用人たちにも分け隔てなくおおらかな彼だが、これから国を率いていくような力量はない。今のうちにしっかり学んで貰わないと困るのだ。
だけどそんなセスは使用人たちにも好かれているので、みんな彼の味方となってさらに甘えを加速させている。
(……アンチは僕だけってことなんだよな)
誰にも言えない悪口を延々と心の中で呟くが、こんなことで結婚まで漕ぎ着けるのかと気分は塞ぐ。
「そうだシャール、午後からの予定はどうなってる?」
「あ……えっと」
何もない。まずい。このままではまたお忍びで町に連れ出される。
「恐れながら殿下、シャール様は皇后陛下のお茶会に参加のご予定です」
セスの後ろに控えていた侍女長が厳かにそう告げた。
(え?初耳なんですが?)
助け船なのか?いや皇后とお茶会なんて泥舟だ。
「そうだったのか。母上が皇室での後ろ盾になってくれるならこれほど頼もしい事はない。行ってくるといい」
「……はい、仰せのままに」
これから昼食だと言うのにシャールの胃はキリキリと痛んだ。
通い慣れた皇后宮。
その客間に通されてシャールは皇后陛下と差し向かいにお茶を飲んでいる。
「突然ごめんなさいね」
「とんでもありません。ご招待いただき光栄です」
ベラは扇で口元を隠し、目だけでニコリと微笑んだ。
(……男性なんだよな?オメガに女性はいないはずだもんな)
そうとは思えないほど豊満な胸を襟の広く開いたドレスで飾り立て、妖艶に微笑む様はどこから見ても女性だ。
けれどその胸にはオメガの印が色鮮やかに鎮座している。これほどまでに色鮮やかではっきりとした模様は見たことがないと神殿でも話題になっていたっけ。
子供を産むとオメガはある程度女性化するというが、ここまで自分が変化したらどうしようかとシャールは少し怖くなる。
「シャールどうしたの?畏まらないでいいのよ。もうすぐ義理とはいえ親子になるんだから。貴方ともっと親しくなりたいわ」
「……恐れ入り……」
「ああ違うのよ!」
ピシャリと扇を閉じ、ベラはシャールの元に歩み寄る。
「お母さまって言ってみて?敬語なんて必要ないの。私は貴方が大好きよ?シャール」
(一体何があったんだ)
シャールは恐怖に身を震わせた。
何が目当てだ?絶対ろくでもない事を言われるに違いない。
「さあお母さまって」
「……お……お母さま」
「よくできました!」
ころころと笑うベラはそれでようやく気が済んだのか、再び向かいのソファに腰を下ろした。