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第27話 宣戦布告

「ずるい!!」


(……またか)


アルバトロスの自室を出るなり、ドアの前にいたルーカに大声で責められた。

この「ずるい!」はルーカの伝家の宝刀だ。



「お父様と二人で食事なんてずるいよ!どうして僕も誘ってくれないんだよ!」


地団駄を踏んで癇癪を起こすルーカは手に負えない幼児のようだ。


「母上と食べたんだろ?」


「食べたけど!僕も一緒が良かった!」


……おおかた、二人で何か自分に不利なことを相談しているとでも思ったのだろう。

次は自分も誘えと脅迫めいた言葉で無理やり約束を取り付けようとしていた。



「ルーカ」


「なに?」


「ルーカのことは次も誘わない」


「……なんで?」


大きな目を更にまん丸にしてシャールを見るルーカはずいぶんと間抜けな顔をしている。


シャールは可笑しくなって笑いながら、「ルーカのことは誘わない」ともう一度言った。


「どうしてそんなイジワルするの?僕が庶子だから?ここの本当の子じゃないから?」


「それは関係ないかな」


「じゃあなんで?酷いよシャール……どうして僕を虐めるの……」


赤い瞳に涙の膜が盛り上がり、ころころと音を立てるように頬を転がった。


あー、また嘘泣き。

よくそんなに自由自在に涙が出るもんだな。


「はっきり言っておくね、僕はもうルーカに振り回されたくないんだ」


「……どういう意味?」


「僕は僕の思うように生きていく。それを邪魔されたくない」


「……シャール。どうしちゃったの?」



「だってルーカは僕が嫌いでしょ?死んで欲しいと思うくらい」


ルーカの顔から突然感情が消えて、表情が変貌した。


(その顔懐かしい)


僕を投獄した時の顔だよね。

鬼のようってこんな顔のことを言うのかな。


けれどこれでいい。

もっと本性を表せ。

もっとわかりやすく僕を憎め。

その方が戦いやすい。


シャールはルーカに負けない冷たい目で彼を見る。


「だからもうお互いに干渉せず生きていこう。これからは僕に構わないで」


「……本当にどうかしちゃったんだね。可哀想」


ようやく猫をかぶるのを諦めたのか、ルーカは先ほどとは打って変わった不敵な笑みでシャールを睨め付けた。


「ずっとあのままでいれば怖い思いせずに死ねたかもしれないのにね」


「お気遣いありがとう。でもいらないお世話だよ」



ルーカの顔が憎悪に歪む。


「シャールがいる限り僕は二番目だ。そんなの許せない。だからシャールには消えてもらうよ。その気持ちは変わらない」


「……そうか、分かった」


やはりルーカはルーカだ。


けれどもう彼に遠慮する必要なんてない。

そもそも前生の時だってそんな必要はなかったのだ。


(この悪魔のせいでどのくらいの人の人生が台無しになっただろう)


シャールは守れなかった大切な人たちの顔を思い浮かべる。


「僕はやりたいようにやる。そして大事な人たちと幸せになる」


「はっ!自分が一番幸せにならなきゃ意味ないだろ。なんだよ大事な人って。頭沸いてんのか」



「ルーカには一生分からないよ。可哀想なのはルーカの方だ」


「なっ!」


怒りに顔を朱に染めるルーカをその場に残し、シャールは歩き出した。



(とうとう言ってしまった。もう後には引けない)


宣戦布告したも同然のこの状況に、僕の気持ちはすっきりと晴れ渡った空のようだった。



いよいよここから本当の戦いが始まる。








翌日からもシャールは、毎日王城に通い妃殿下教育に精を出した。

実際に皇后としての知識があるとはいえ、意外と基礎的なことが抜けていたり忘れていたことに気付けるので、無駄ではなかったと思い知らされる。


そしてもう一つ。


妃殿下教育を城で受けるようになってよかったと思うのはアルジャーノンに会えることだ。


会えると言っても言葉を交わすわけでも目が合う訳でもない。ただ時折り遠くに見かけることがあるというだけだ。


けれど生きている彼を見ると、自分の目的が明確になる。


前生での残酷な最期が、再びこの人に降りかかりませんように。

そう祈りながら、今日もシャールはアルジャーノンとすれ違った。



「たまには私とお茶でもどうかしら」


そんな中で皇后ベラからの突然の誘い。

正直めんどくさいがそうも言っていられない。


「ありがたくお受けします」


シャールは膝を折り、綺麗な礼をして見せた。




案内された応接間のテーブルには所狭しと季節の果物や流行のお菓子が並んでいる。

許しを得て席につくと、早速香り高い紅茶がカップに注がれる。


(ここの紅茶、高級品だけど渋めなんだよな。帰ってマロルーの淹れてくれるお茶が飲みたい……)


渋く感じるのは茶葉のせいだけではないだろうけど。


「どの科目も優秀なようで安心したわ。何か問題はない?」


「はい、身に余る立派な先生方から教えをいただいておりますので」


「そうね、みんな優秀だわ」


ベラは扇で口元を隠したままそう言った。

その胸元にはオメガの印である四葉のアザがある。

シャールやルーカより、もっとはっきりとした色鮮やかなそれは、オメガとして優秀であることを現す。

オメガとして優秀、それはアルファの出生率が高いということ。けれどベラが産んだのはセスたった一人。

その原因は国王にあった。

だが、その王も前生ではシャールがセスと結婚する前の年にこの世を去ってしまった。


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