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第26話 アルバトロスの後悔

その後、シャールは城の侍女たちの手によってシンプルなワンピースに着替えさせられた。

そして髪を束ね、頭からすっぽりとマントをかけられる。


……もう後悔しかない。


(お忍びで市井に行くとかいいだすんじゃないだろうなあああ)


「おお、シャール、そんな姿もよく似合うな。これからお忍びで市井に行くぞ」


(あああ!!!やっぱりー!!)



けれど暴漢に襲われるのは二年後だ。流石にまだ早いだろう。


「殿下、護衛は……」


「ははは、シャールそんなの連れてたら一発で平民じゃないとバレるじゃないか」


「……」


誰かこの考えなしな王子をなんとかして欲しい。


「せめて護衛はつけましょう。最近下町には乱暴な者が多いと聞きます。殿下の身に何かあったら……」


軽い泣き真似をしつつ、しおらしく俯く。


だが、セスはシャールをそっと抱きしめ、「問題ない」と囁いた。


「俺の剣の腕を見せるいい機会だ」


「……」


もし暴漢に襲われたら真っ先に逃げてやる。

シャールはそう心に決めて、セスに手を引かれお忍びの馬車に乗った。



街は折りしも、祭りの最中だった。


「殿下は知ってたんですか?」


「ああ、シャールに見せてやりたくて」


「……ありがとうございます」


街には食べ物の屋台の他にも、アクセサリー屋や花屋が所狭しと自慢の商品を並べている。



「ほら!あの屋台の肉は美味いぞ」


「なんで知って……」


(ああ、この人、結構よく城を抜け出してるんだな)


「さあ、食べてみてくれ」


シャールはセスが差し出した肉串を受け取り、一口食む。


(あ、美味しい)


ふと目の前を見ると、セスも大きな口を開けてその肉に齧り付いている。


「ああ!殿下!もし毒が入ってたら!」


「ここにそんなことをする奴はいない」


美味しそうに食べている彼は年相応の気の良い普通の青年だ。


前生ではセスより年上だからだろうか。なんとなく彼の笑顔を見ていると苛々もおさまってくる。


(どうしてあんなになっちゃったのかな……)


ルーカのせい?

だが、そうだったとしてもやはりそれなりの下地がないとあんな風にはならないだろう。


「次はあっちに行こう」


強引に手を引っ張られてあちこち連れ回されるシャールは、複雑な思いで彼の顔を見上げた。





暴漢に襲われることもなく、変な輩に絡まれることもなく。

シャールは無事、セスと二人で城に戻った。


「な?大丈夫だったろ?じゃあまた明日な」


上機嫌で自分の部屋に戻るセスにシャールは安堵のため息をついた。



「シャール様、公爵家のお迎えがお待ちです」


「ありがとう」


メイドの案内にシャールはいつもの場所に足を運ぶ。

丁度、午後の授業が終わる時間に合わせて帰城してくれたようで、家族に心配をかけることもなく、シャールは無事に公爵邸に帰ることができた。



邸に戻ると、アルバトロスがシャールをエントランスで出迎えてくれた。


「珍しいですね父上」


アルバトロスはほとんどの日を領地で過ごすので通常は領地内の別荘に泊まり込んでいる。


「ああ、忙しくて遅くなったがお前と話がしたくてな」


「話?」


「ああ。今夜は二人で夕食を摂ろう」


……そんなこと初めてで緊張する。

ほんのわずかな出来事を変えただけでこんなに未来は違っていくのか。




アルバトロスの自室のテーブルに二人分の食事が用意されている。

二人ということは、ルーカに聞かれたくない話ということか。


「お前は皇太子と結婚したくないのか?」


「ぐほっ」


いきなり核心。

シャールは咀嚼していた肉を喉に詰まらせそうになった。


「ど、どうしてですか?」


「うん」


アルバトロスはチキンにナイフを入れながら答えた。


「ルーカが皇太子を好きだから譲れないかと私に聞いたことがあっただろう?」


「はい」


すぐ却下されたけどな?


「あの時はいつものお前の優しさだと思ったんだ。お前はいつもルーカに甘かったからな」


「……」


(確かに前生の僕は母上と一緒になってルーカを甘やかしていた)


だが、今ならわかる。

それは優しさではない。

ただ、面倒だっただけだ。


「だが、お前は皇太子に会っても昔のように嬉しそうじゃないと気付いてな」


「ああ……そうですね。前はそんなに出てました?殿下のことが好きだって」


「ああ、鬱陶しいほどにな」


「……そうですか」


お恥ずかしい。


「なにかあったのか?」


「……」


シャールはなんと言っていいのか分からず、唇を噛んだ。


沢山あったんです父上。

酷い裏切りでした。

二度と好きになるもんかと思うほどの。

しかもなんの罪もない父上や母上まで処刑されるんです。

全部ルーカとセスのせいで。


「それは話せないことか?」


「……すみません」


話したって信じてもらえない。

それどころか頭がおかしくなったと教会に連れて行かれるかもしれない。


「……そうか」


「……いいんですか?」


「ああ、無理に聞き出そうとは思わない。まだ私を信用できないだろうからな」


「えっ、そんな……」


「分かっている。お前の信用を得ていればどんなことだって迷いなく話してくれるはずだ。仕事ばかりで家族を顧みなかった私が悪いんだ」


「……父上」


そうか、僕はまだ父上を信用できてないんだ。

それほどに過去の確執は大きかった。


「だが、遅いとは思ってない。これからその信用を積んでいくのが私の償いだ。そしていつか話してもいいと思うようになったら話してくれ」


「……はい。いつか必ず」


過去に戻れてよかった。

誰がそんなチャンスを与えてくれたのか分からないけど。


「ほら」


アルバトロスがシャールの皿にほぐしたチキンを乗せた。


(そういえばまだ子供の頃、自分で上手にナイフとフォークを使えなくてチキンを骨から外せなかった時、こんな風に父上がお皿に入れてくれた)


「父上、僕はもう子供じゃありません」


「分かってる。だが、私の記憶の中のお前はまだこのくらいなんだ」


苦笑いしながらシャールを見るアルバトロスは少し切なそうだ。



「やり直そう。あの頃の続きから」


「はい」



顔を見合わせ笑い合った二人は和やかに食事を再開した。






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