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第23話 戦い

「空いているといえば南の外れにある森の辺りだ。皇后もそこでいいと言っている。領民に配慮したと言われれば礼を言い従うしかない」


何がそこでいい、だ。


前生の皇后はあの土地の入り口にいくつも別荘を作らせて、狩りができるリゾート地として実家の商会と組んで売り出した。


人の近寄らない深い森にある狩場は、貴族男性の秘密の遊び場となり、人目を気にせず愛人を伴えると噂になって大ブームを巻き起こしたのだ。


その後、客の不始末で火事が起こり焼けた山肌から件の鉱山が見つかったのだが、その宝石を売った金で狩場を再建し、両方からの儲けで皇室の立場は確固たるものとなった。


……いや、正確には「皇室の」ではなく「皇后」の立場だが。

せっかくどうにかネックレスを守ってこの展開を阻止したのに……。


けれど、はいそうですかとは絶対に言えない。


「父上、明日僕も一緒に城に行っていいですか?」


「ああ、それは構わないが……。皇太子もお前に会いたがっていたしな」


……それを利用しよう。

あの皇后に物が言えるのは今はセスだけだ。



「では明日、父上、今夜は早めにお休みください」


「ああ、シャールも疲れただろう」


「はい、もう休みます」


セス。

まだ何もしてない貴方には悪いが、今世はとことん利用させてもらうよ。








王城に行くために朝早くから起こされたシャールは、既にヘトヘトに疲れていた。


「まだかかる?」


「はい!気合を入れております!もうしばらく我慢してください」


「はい……」


マロルーの指揮の元、侯爵邸中の腕に覚えのある侍女達が揃ってシャールを取り囲んでいる。


この場合の「腕に覚え」とは、武術ではなくいわゆる「おしゃれ」と言う意味だ。


「一度でいいのでシャール様の銀糸のような髪を結わせていただきたかったのです。夢のようです」


そう言うのはルーカ付きの侍女。


「私はシャール様の陶磁器のようなお体に細かい金のラメを乗せたらさぞ美しいと夢見ておりました」


こっちはリリーナ付きの侍女だ。


昨日の今日で朝からぎゅうぎゅうにコルセットを絞められるのはつらいんだけど……。それに昨日よりさらに時間がかかっているのは気のせいか?


「もしかしてみんな婚約式より気合い入ってる?」


周りの侍女達を見回してそう尋ねると、皆が顔を見合わせて頬を染めこくんと頷いた。


「なにしろシャール様から『綺麗にして』なんて言われるのは初めてですからね。このマロルーも力が入りますとも」


「……ああなるほど」


いつも適当でいいと準備を途中で止めさせていた自分を思い出して納得した。


「婚約式を経て、ようやく皇太子殿下に恋をされたのかと皆が大喜びをしています」


「本当に素敵ですわ~」


侍女は下位貴族の娘達が行儀見習いを兼ねて勤めることが多いが、うちもほとんどが子爵家か男爵家のお嬢様達だ。

そんな彼女から見れば王族とのロマンス、ましてや政略結婚と思いきや、本当に愛し合ってるなんて知ったら応援したくもなるというものだろう。


……商談?を有利に進めるために着飾ってるだけなんだけどね。


「この国の誰よりもお美しいです」


「……ありがとう」


シャールは複雑な思いだが、黙ってされるがままになることにする。



「さあ、お支度が出来ましたよ!行ってらっしゃいませ」


侍女たちの華やかな見送りの声とは裏腹に、シャールは戦場に行くような気持ちで部屋から一歩踏み出した。



……髪飾りが重い。

それにコルセットが苦しいし、焚きしめられた香がきつい。


それでも階段を降りて笑顔でエントランスに到着すると、支度を終えたアルバトロスと、見送りに出てきたリリーナやルーカが目を丸くしてシャールを見ていた。


……え?ルーカ?もう謹慎が解けたのか?

シャールがリリーナを見ると、視線の意味に気が付いたのかリリーナがニコッと笑って口を開く。


「自分のせいで王城に行くことになった二人を見送りたいと言うから特別に部屋から出してもらったのよ」


(……ああ。

そのままなし崩し的に日常生活に戻るのだけは阻止しないといけないな)


当のルーカは親の仇を見るような顔でシャールを見ている。どう考えても反省など微塵もしている様子はない。


「それにしても綺麗ね!シャール!」


リリーナの目が少女のようにキラキラと輝いている。


「……あまり見ないでください」


「どうして?本当に素敵!これなら殿下もさらにシャールのこと好きになるわよ!ね?ルーカ」


「本当にそうだね!」


嬉しそうに手を叩いてシャールの周りをくるくる回るリリーナ。

同じように嬉しそうに見せかけて目が笑ってないルーカ。



そんな中で一人冷静なアルバトロスは、シャールに向かって腕を差し出した。


(まさか父上にエスコートしてもらう日が来るとは。登城する理由が理由でなければ嬉しかっただろうな……)


そんな気持ちはよぎるが、今はそれどころじゃない。


二人は馬車に乗り込み、早速作戦会議を始めた。






「よくきたわね。座って」


「皇后陛下にご挨拶いたします」


案内された応接室には、既にへビ女……じゃない皇后が派手なドレスを着て待っていた。


「ではこちらの書類にサインを」


皇后の合図で宰相がアルバトロスの前に契約書を置く。


「恐れながら皇后陛下、お伝えしたいことがございます」


「……なに?」


邪魔をされたことへの苛立ちを隠そうともせず、皇后がシャールを睨んだ。

けれど、シャールは意に介さず、話を続ける。


「今回ご所望の森ですが、実は僕にとってとても大切な場所なのです」


「大切な場所?あんな鬱蒼とした森が?」


「はい」


「お金になる田畑を出せと言わないのは、ミッドフォードが税収で困らないようにする為の配慮よ?それなのに恩を仇で返すなんてどう言うことなの」


「お気遣い感謝致します。けれどだからこそ、皇后陛下にはもっといい場所を差し上げたいと思っています。我が領土には港が二つございます。そのうちの一つを皇后陛下に捧げます」


「……港?」


「はい、海産物が多く取れる、穏やかな波の素晴らしい景色の場所です」


「そんないい場所を公爵家から取り上げたと他の貴族に知られたら何を言われるか。あの森でいいわよ。さっさとサインして」


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