目次
ブックマーク
応援する
13
コメント
シェア
通報

第22話 皇后の目論見

「ルーカは?」


「お戻りです。旦那様が大変お怒りでお部屋に外から鍵をかけてしまわれました」


「まあそうだろうね」


「けれどどうにかお式が出来て良かったです」


「そうだね」


手のひらにお湯を掬い、顔にぱしゃりと浴びせる。


前生では平民たちはみんなルーカの味方をし、シャールは針のむしろだった。

その裏に情報ギルドの存在があったなんて知ったのは皇后になってからだ。


「ふふ、いい様だったよルーカ」


最初からあのドレスはダミーだった。

勘の鋭いルーカに気付かれないよう盗ませるのは大変だったけど。

だが偶然とはいえ、このタイミングで市長の兄である仕立て屋を殺そうとしたなんて。


それを見つけてくれたクランには感謝しないと。


シャールは「人数は少なくていい、だが一般市民より人望のある者にルーカを糾弾させて欲しい」と頼んだだけだったのに。

けれどこれで済んだわけではない。

ルーカはきっとさらに策を練ってシャールを狙ってくるだろう。


どうしてその頑張りを妃殿下教育に使わないのか……


「それはいくら考えてもわからない。だって僕はルーカじゃないからね」


考えるだけ無駄なのだ。


「何か仰いましたか?」


「ううん、なんでもない」


シャールはお湯から出て、柔らかいガウンを羽織った。










ガチャン!!!


「悔しい悔しい!!!!」


ルーカは部屋中の物を手当たり次第叩き壊した。

恐れをなしてルーカ付きの侍女やメイド達も部屋の前からいなくなってしまったようだ。まあ、カギが掛けられているので入ることも出来ないのだが……

ルーカは薄闇の中で着替えもせず破れたドレスを着て立ち尽くしていた。


どうしてこんなことに??


ちゃんと計画は立てた。

何を間違えたんだ?


「騙されたんだ……許せない。それに兄様たちは何をしてたんだ。逃げたのか?僕を置いて?」


ルーカは髪をかきむしり、床にうずくまる。

絨毯にルーカの涙が吸い込まれた。


「……ルーカ?」


「……母上?」


「ええ、大丈夫?随分と大きな音がしてたけど」


ドア越しに声をかけるリリーナに、ルーカは一筋の光を見た気がした。


そうだ、一人でも多くの人を味方につけなきゃ!手始めにリリーナだ!


「母上!出して!僕暗闇が怖い!助けて!」


得意の哀れを誘う声で懸命に訴える。

とにかくここから出なければ、ギルドへの次の依頼もアーリーとデモンへの連絡も出来ない!


「まあ!可哀想に。待ってて、アルに頼んでみるわ」


パタパタと軽い足音が遠ざかる。

ルーカの唇から安堵のため息が漏れた。


立て直しだ最初から。

必ず皇后の座は手に入れる!


暗闇の中でルーカの赤い目だけがギラギラと輝いた。






「シャール」


「母上?」


軽いノックのあと、リリーナがシャールの部屋に顔を出した。


「お父様はまだかしら」


「そうですね、あのまま登城したので遅くなると思いますよ」


直接ルーカが皇族に何かをしたわけではないが、せっかくの婚約式に水を差したのは事実だ。

恐らく下げたくもない頭を下げているんだろう。

大聖堂の特別席に座っていた国王や皇后の驚いた顔が忘れられない……。


「父上に何か用ですか?」


「ルーカのことよ。あの子ご飯も食べてないの。ドアには鍵が掛かってるし。暗闇が怖いって泣いてるのよ、何とかならないかしら」


「……」


この母も同じ場所にいてあの騒動を見ていたはずなんだけどな。


「父上が掛けた鍵を僕は開けられません。帰ってくるまで仕方ないでしょう。それだけのことをしたんですよ」


「確かにルーカはとんでもないことをしたわ。でも反省すればいい話よ」


(反省で済めばいいけど。その反省すら多分ルーカはしないと思うよ)


「ルーカが可哀想だから私は部屋の前にいるわ」


「母上、少し冷えてきました。お体に障ります」


リリーナは昔から体が弱い。だから余計にアルバトロスは彼女を気遣い大事にしているのだ。

……だがそれが今の花畑思考を作ったと言っても過言ではない。

意外と頑固なこの母をどうやって説き伏せようかと思案していると、マロルーが父の帰りを知らせに来た。


「あら早かったわね。じゃあアルにお願いしてみるわね」


「そうですね、その方がいいと思います」


ふわふわと階段を降りるリリーナを見ながら(あとは父上になんとかしてもらおう)と一息ついたところで、アルバトロスがシャールを呼んだ。



「父上、お帰りなさい」


上着をメイドに手渡しながら歩いて来たアルバトロスは、目に見えて憔悴していた。


「……あまりいい結果ではなかったですか?」


シャールの問いかけに、少し間を置いてアルバトロスは「大変だった」と吐露した。


シャールは驚く。


今まで彼は全て一人でこなして来た。

家族にさえ、今のような弱音を吐くようなことは一度もなかったのだ。


(父上との距離が縮まったようで嬉しい)


このタイミングを逃すまいとシャールはアルバトロスに続きを促す。


「陛下はともかく、皇后の怒りが凄くてな。結局、ミットフォードの領地の一部を国に返還することで手打ちとなった」


「……領地の返還?」


今日の騒ぎも皇后は、芝居でもみるかのように薄笑いを浮かべて楽しそうに見ていた。

それが凄まじい怒り?

絶対におかしい。


「ああ、早々に契約書を作るから署名に来いと言われたよ。今回はルーカの管理ができてなかったこちらの落ち度だ。仕方ない」


それでも領地を返還させるほどの罪とは思えない。


「……どの場所をお考えですか?」


領地のほとんどはそこに住む者がいて農業を営んでいる。余裕のある場所などない。と言うことは……


シャールはここから馬車で二時間ほど離れた、実りの豊かな景色と自然豊かな森を思い出した。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?