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第21話 ルーカの誤算

豪華だが上品に飾られた堂内、そしてたくさんの列席者。

そこには既にセスとシャールはいた。


大神官の前で手を繋いで見つめ合う二人は、絵本の中のお姫様と王子様そのものだった。

シャールが身に付けているのはセスと色を合わせたロイヤルブルーの豪華なドレスだ。

その胸にはシャールの瞳の色の豪奢なネックレスがドレスを邪魔しない絶妙なパランスで最高に美しく煌めいている。


「なんで……?今朝慌てて代わりのドレスを準備したんじゃないの?」


とてもそうは見えない二人の出立ちに、ルーカはカッと頭に血が上った。


「それでは始めます」


「待って!!」


静まり返った堂内で、ルーカは大神官の宣言を大声で止めた。


驚いて振り向いたセスはルーカの姿を見て顔を引き攣らせている。


ほらやっぱり!本当はこの衣装だったんだ!

僕の方が似合うから驚いてるんでしょ?

ルーカと婚約すればよかったって思ってるんでしょ?今助けてあげるからね!


「大神官様!お願いがあります!聞いてください!」


大神官はルーカに目をやり、静かに「後にしましょう」と諭した。

けれどルーカはその言葉に耳を貸さず、いきなり床にうずくまり泣き出す。


「このドレスは、殿下が今日のためにシャールに用意していたものです。

でもシャールはそれを気に入らないからと捨てました!僕は王子様が可哀想でこのドレスを着て来たんです。そんなことをするシャールは皇太子妃に相応しくない!婚約式の中止をお願いします!」


高くよく通るルーカの声は、聖堂内だけではなく、外にいる平民たちにもよく聞こえた。


まあ……健気ね……という囁きが耳に入り、俯いたルーカはニヤリと笑う。

……もっとだ。もっと言って!

契約では百人以上の市民にお金を渡してるはずだからまだまだルーカを擁護する声は増えるだろう。


(早く僕を助け起こしにきて。王子様)


ルーカはうずくまったままセスが来るのを待っていた。


その時、俯くルーカの目の端に黒い靴が見えた。

ピカピカに磨き上げられたそれをルーカはセスの靴だと確信する。


(やっぱり来てくれたんだ!僕のところに!)


「……王子様……」


つらそうな表情を作り、ゆっくり顔を上げる。しかし目の前に立っていたのはセスではなく宮廷騎士団の団長だった。


「え?」


慌ててセスを探すが、目が合ったその人は、あろうことが「早く連れて行け!」と団長に怒鳴る。


「どういうこと?王子様が用意したこのドレス、シャールより僕の方が似合うでしょ?」


ルーカは訴えかけるが、セスは向こうを向いてしまった。


「殿下!!」


「ルーカ、何か思い違いをしている」


「え?」


「その鱗のようなドレスと君の赤い目を見ると、昔蛇に噛まれたことを思い出す。私は爬虫類はダメなんだ。だからそんなドレスを私がシャールに贈るはずもない。何かの間違いだ」


「そんな……」


シャールはそんなルーカの姿をただ、黙って見ていた。

ルーカは恥ずかしさのあまり、大声で叫んだ。


「シャール!騙したんだね?!ひどい!そんなに僕が憎いの?!王子様を取られそうで焦ったんでしょ!大丈夫だよ!僕は取ったりしない!そんな悪い子じゃないもん!」


「そうだね、ルーカ」


余裕たっぷりの微笑みにルーカは愕然とした。


「どうしたのシャール……あんなに優しかったのに……」


ルーカが大騒ぎをすればいつも駆けつけてくれたシャール。そしてルーカの代わりに謝ってその場を収拾し、連れて帰ってくれたのだ。

それがどうして……


シャールは何も答えない。ただ薄く微笑むだけ。

さっきまでいたデモンやアーリーもいつの間にか姿を消している。


ルーカはこの場に味方は誰もいないのだと思い知らされた。


「いや、違う……だって平民は僕の味方だ」


あんなに大金を払って印象操作を頼んだのだから。


「みんな……!僕の方が王子様に相応しいと思いますよね!」


戸惑う民衆達の中で「そうだ!」とか「皇太子妃の交替を!」と叫ぶ声が聞こえ、ルーカは勇気づけられた……が、その声はあまりに小さい。

(どうなってるの!もっと沢山いるはずでしょ!早く叫んで!僕が皇太子妃に相応しいって!)


だがいつまで経ってもその声は届かず、妙なざわめきが平民たちを包んでいた。


「一体何が起こったの……」


ルーカは思い通りにならない焦りにどうしていいか分からない。


けれどそんな中で一際大きな声を出す者がいた。

この国の首都であるオルファの市長、カールだ。


「みんな聞いてくれ!仕立て屋をやっている私の兄がそのルーカってオメガに騙されて馬車ごと崖から落とされた!」


「ええっ?マルコさんが?」


「そうらしいよ。あんないい人をね……」


「なんてこと……!」


一気に市民の間でざわめきが広がる。


「意識を取り戻した兄が全て話してくれた!命だけは助かったが、もう歩けないんだぞ!」


「なんて恐ろしい!」


「可哀想な子だと思ったらとんでもないね!」


彼は市長としても慕われているようで、先ほどの誰かもわからない者の言葉などもう誰も耳を貸さない。


慌てたのはルーカだ。あの時の仕立て屋の男を殺し損ねていたなんて!


「ちが……そんなことしてない!」


精一杯健気な顔を作り訴えかけるが、その可憐な声も人々の怒りの声にかき消された。


「市長が嘘つくわけないだろ!」


「事実なんだな!?こいつを捕まえろ!」


「えっ……」


大聖堂に人々が傾れ込み、危うく大惨事になるところで、騎士団が慌てて扉を閉め、事なきを得た。

だが、聖堂内の冷たい空気は容赦なくルーカに突き刺さる。


「ルーカ、申し訳ないが今日は帰ってくれないか」


大好きなセスからの言葉に、ルーカは泣きながら騎士たちに守られ聖堂を後にした。

……去り際にシャールに悪意のこもった目を向けることは忘れずに。


大神官は残された者たちに改めて婚約式の開始を告げ、ざわつく皆を鎮めて、滞りなく式は終了した。




「大変でしたね、シャール様」


公爵邸に戻ると、マロルーが暖かいお風呂に香油をたっぷり入れて髪を洗ってくれた。


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