「まあ頼もしいわね」
だが、リリーナは微笑ましそうにそんなルーカを見ていたのでこの話はもう終わりにする。
「ごちそうさま」
「あ、待ってシャール皇太子からお手紙が来てたわね?何かあったの?」
「……ドレスは気に入ったかと」
「そうなの仲良しね」
「母上……あのドレスはきっと僕の方が似合うと思うんです」
「そうね、どちらにも似合うと思うわ。でもあれは皇太子妃になるシャールのものだから人のものを欲しがってはダメよ?」
「……はい」
しおらしく返事をしたが、その赤い目でシャールをジロリと睨んでいる。
(本当に不思議なんだけど、セスが好きならどうして礼儀作法を学ぼうとか勉強しようって気にならないんだろう)
何度教えても覚えないテーブルマナーや教養の勉強をどう考えているんだろうか。
皇太子妃になれなくてもルーカだってオメガなんだから、いずれ高位貴族との婚姻の話が出るだろう。
今のままでは結婚したってすぐに追い出されてしまう。
(まあ散々注意したのに聞かないのはルーカだからね)
嫌なことは一切せず、楽しいことだけで毎日遊び暮らすルーカにはもう何も言うことはない。
ただ、皇后にはなって欲しくないと思うだけだ。
婚約式を目の前に控え、当初は無理だと思われたドレスの修復もようやく終わりを迎えた。
「本当にありがとう」
そう言ってシャールは、針子たちを労い法外な礼を支払った。彼らがいなければこのドレスは、誰にも着られることなく無駄になってしまうところだったのだから。
「ありがとうございます……シャール様」
仕事だからと最初は恐縮し、謝礼を辞退していた針子たちも最後は涙を流してその金を受け取った。聞けばまだ店主が不在で資金繰りが苦しいらしい。シャールは次のドレスも必ず依頼すると約束して彼らを見送った。
「ようやくですね」
マロルーが感慨深げにそう言ったが、シャールは「これからだよ」と厳しい目でドレスを見つめた。
後は当日を待つだけ。
そんな中、やはり事件は起きた。
「シャール様!ドレスが消えました!」
公爵家のメイドがあるまじき大声でシャールの部屋に飛び込んできた。
それは婚約式当日の朝のこと。シャールが髪を綺麗に結い上げて貰っている時だった。
「……ルーカは?」
「ルーカ様はご実家にお戻りです。身支度を整えさせたいとの男爵様のご意向で早朝にお出かけになりました」
「……そうだろうね。とりあえず父上と母上のところに行こう。二人とも驚いてるでしょ」
「はい!代わりのドレスをどうされるかご相談をと仰っておられます」
「分かったすぐ行く」
シャールは身支度もそこそこに二人のいる応接室に向かった。
「本当に大丈夫なのか?ルーカ……」
アーリーはソワソワと落ち着かない様子で、メイドに飾り立てられていくルーカを見ていた。
目の前には昨夜公爵邸から持ち出したシルバーのドレス。
ルーカがわざと破いて警備を手薄にしたのだが、まんまとみんな引っ掛かってくれた。
「バレても大丈夫。平民もたくさん参加するし、ちゃんと手は打ってある」
「……平民?どういう意味だ?」
「内緒。すぐわかるよ」
リリーナが宝石屋を邸に呼んでくれたので、店長を経由してオーナーと連絡が取れた。
短い手紙を託しただけだが、あのオーナーは頭がいいので上手くやってくれるはずだ。
……依頼料が高いのだけが困るんだよな。
仕方ないのでいつも買ってもらった宝石をすぐに現金に変えて支払っている。
だから散財している割に手持ちの宝石は少ないのが悩みの種だ。
「もうすぐみんな僕に注目するよ。健気で可愛く、可哀想なオメガ姫って。あ、髪飾りはいらない。ドレス以外は質素にして欲しいんだ」
「承知致しました」
メイドに髪をすいてもらい、細かい金粉だけを馴染ませて仕上げる。
「おお!綺麗だな!」
部屋に入って来たデモンもルーカの美しさを褒め称えた。
「本当に嫁に出すみたいだな」
「……そのつもりだよ。でもそのためにはシャールが邪魔なんだ。僕のお願い聞いてくれるよね」
「ああ、聞いてやる」
デモンとアーリーから代わる代わるキスをされて、ルーカはうっとりと目を細めた。
「父上は?」
「体調を崩してる寝込んでるよ。母上はその看病だ。今日は欠席だと言ってた」
「その方が都合いいね」
「ああ、こんな土壇場で行くなと言われたら面倒だ。
「そろそろ始まるよ。行こう!」
「よし!」
ルーカはデモンとアーリーに手を引かれ、本物のお姫様のように、今日のために設えた立派な馬車に乗りこんだ。
婚約式が行われるのは首都の真ん中に位置する大聖堂だ。
白亜の巨大な建物は本聖堂と礼拝堂、神官が暮らす住居などに別れており、歴史があるにもかかわらず、いまだ雪のように真っ白な外観の美しさを保っていた。
「もうシャールたちは着いてるようだな」
ルーカの目論見通り、大聖堂の周りにはたくさんの平民たちが押し寄せ、ひとめ未来の皇太子妃を見ようと大騒ぎしている。
(見てろよ。今日一番注目され、目立つのは僕だ!)
馬車から降りたルーカが入り口に向かって歩くと、そこかしこから感嘆の声が漏れる。
ルーカは本当に自分がこのまま王子様と結婚できるのではないかと錯覚するほどに浮かれていた。
「それでは婚約式を始めます。ご列席される貴族の皆様は中へどうぞ!」
若い神官が声をかけると、ゾロゾロと着飾った者たちが中に吸い込まれていった。
平民は中に入ることができないが、本日の婚約式は扉を全て開け放して行われるので皆も参加しているかのように様子が見られるのだ。
「中に入ろうか」
三人は意気揚々と聖堂の中に足を踏み入れた。