「遅いなあ」
ルーカは苛々しながら門の前で洋服店の馬車を待っていた。
シャールの婚約式で使うドレスが今日届くとメイドから情報が入ったのだ。
丁度シャールは出かけている。この隙に先回りしてドレスを奪ってやろう。そう思っていたのに……
「ルーカ様!馬車が参りました!」
シャールの下にスパイとして入り込んでいるメイドのデビアスが知らせに来た。
「門の前で足止めして!」
そう伝えて、ルーカは馬車までの距離を走った。
「困りますルーカ様!」
仕立て屋は手にした大きな箱を渡すまいと、必死で抵抗している。
「僕はミッドフォードの人間だよ?何か悪いことでもしようとしてるように見えるの?」
「そっそんなこと滅相もございません!ただ、必ず当主様にお渡しするようにとキツく申しつかっております」
「ふーん。僕じゃダメなんだ」
ルーカが後ろに立っていたデビアスに合図すると、彼女はポケットからメイド服には似つかわしくない短剣を取り出し、仕立て屋に切り掛かった。
「ひゃああっ!お許しください!」
思わず取り落とした箱をルーカはすかさず拾い上げる。
「あーあ、皇太子との婚約式のドレスを地面に落とすなんて不敬罪にも程があるね。これが知られたら首を切られるだけじゃ済まないよ」
「そんな……」
ガタガタと震える仕立て屋に向かってルーカはにこりと笑った。
「でも安心して。内緒にしといてあげる。これもちゃんと公爵様に渡しておくから大丈夫だよ」
「は……はい」
そこまで言われたらもう仕立て屋に出来ることはない。
すごすごと馬車に戻り、店へと戻っていく。
「デビアス、あいつを事故に見せかけて殺して」
「はい」
返事をするや否や、素早く馬車の後を追うデビアスは、実はアーリーが用意した腕の立つルーカの護衛だ。
「さあ、どんなドレスかな」
ルーカはうきうきしながら人目につかない廊下を歩き、自室を目指した。
「ルーカ、何を持っている」
「ひっ」
後ろからアルバトロスの声がした。
「あ、えっと仕立て屋がなんか置いていったから僕が頼んでたドレスかなって」
普段仕事で邸にはいないはずのアルバトロスの姿にシャールは冷や汗が止まらない。
「……そうか。だが今日はシャールのドレスが届く予定なんだ。確認してもいいか」
「……もちろん!はいどうぞ!」
観念してルーカは箱をアルバトロスに差し出す。
彼はそれを開けて中身を確認した。
「シャールのドレスだ」
「えっ?そうだったの?ごめんなさい!勘違いしちゃって……」
「いや、構わない」
アルバトロスは箱を手に立ち去ろうとするが、ルーカはそれを押し留めた。
「ねえ、僕にも見せて!王子様が手配したものなんでしょう?きっと素敵なんだろうなあ」
「……ああ」
「わーい!ありがとう!」
とんだ邪魔が入ったと、歯をぎりりと噛み締めながら、ルーカはアルバトロスの後を追う。
だがまだチャンスはある。
そう自分に言い聞かせながら無邪気なふりをしてルーカはアルバトロスの腕にしがみついた。
「シャール様おかえりなさいませ。ドレスが届いておりますよ」
「ほんと?早く見たい!」
出迎えてくれたマロルーに笑顔で応えたシャールは、早速二人でドレスルームに急ぐ。
(流石に父上が一日中待機していたとは思わなかっただろう。残念だったなルーカ)
悔しがるルーカの顔を思い浮かべてシャールは胸のすく思いだった。
部屋のドアを開けると、ルーカの専属メイドが数名おり、その真ん中にルーカが立っている。
……届いたばかりのドレスを着て。
「何してるんだ?ルーカ」
「あっ!シャール……」
わざと弱々しい顔でごめんなさいと呟き、俯く姿は舞台役者も顔負けだ。
「だって僕は王子様とは結婚できないでしょ。だからせめてドレスだけでも着てみたかったの。ごめんなさい」
わっと鳴き真似をして床に倒れ伏すルーカ。
慌てて周りのメイドが支えようとするが一足遅かった。
ビリリ!!
「あ……」
裾を踏んでしまったのかレースが無惨にも破れ、花飾りが取れてしまった。
シャールはため息をついて頭を抱える。
「とにかく早く脱ぐんだ!」
「そんなに怒らないで……」
「マロルー、悪いけど仕立て屋に連絡して修繕に来てもらえるよう頼んでくれる?」
「承知しました!」
バタバタと慌ただしくなる部屋に、ルーカだけが平然とした顔で自分の服に着替え直している。
「ねえ、素敵なドレスだね」
「ああ、そうだね」
(……さっきまでの涙はどこいった?)
「思ってたのと違ったよ。もっと清楚かと思ったら大人っぽいデザインだね。肩も出てるし腰から下の銀のスパンコールが人魚姫みたいでキラキラしててすごく綺麗。王子様っていい趣味してるね。でもこれは僕の方が似合うよ」
「……そうだね」
だから何だと言うんだろう。
相手にしたくなくてシャールは黙って部屋を出る。
(……あと一週間の間にちゃんと元通りになるんだろうか。
まったく次から次へと問題を起こすんだから)
憂鬱な思いでシャールは自分の部屋に戻った。
婚約式までもう時間がない。
仕立て屋が作業しやすいように広間を一つ空けて使ってもらうことにした。
実際にデザインをしてくれた仕立て屋の店主がトラブルで対応できないということで、少し時間がかかると言われたが仕方ないだろう。
「問題はあの部屋だと鍵がかけられないってことなんだよね」
夕食の席でリリーナとそんな話をしてると、「僕がちゃんと見張ってるから大丈夫だよ」とルーカが宣う。
(お前から守ってるんだよ!)
シャールは声に出せない声を上げた。