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第15話 釈放

「お母様」


「なあに?ルーカ」


 ミッドフォード公爵夫人はルーカと庭を散歩していた。

 仲の良かった二人の兄が牢に入れられて、気落ちしているであろうルーカを慰めるためだ。


「僕お買い物に行きたいの」


「何か欲しいものがあるの?」


「新しいネックレスとドレスが欲しい。それにカフェでケーキが食べたい。屋敷の中だけなんて息が詰まりそう」


「そうね、ネックレスとドレスは商人を呼んであげるわ。でもおでかけはダメよ。アルに怒られちゃうでしょ?」


 ルーカは心の中で舌打ちをする。

 養母であるリリーナは誰にでも甘いがアルバトロスの言いつけには基本的に逆らわない。


 二人はとても仲の良いおしどり夫婦で、リリーナにとってアルバトロスは全幅の信頼を寄せている絶対的な夫なのだ。


 ルーカは爪をガリガリと噛みながら策を巡らせた。


(絶対に王子様と結婚したい。その為にはシャールには生きててもらっちゃ困るんだ)


 街へ行けばお金で何でも請け負ってくれる暗殺ギルドがたくさんある。

 兄たちが頼りにならない今、自分が動くしかない。


(なんとか早くシャールを亡き者にしないと。シャールが死ねば残ったたった一人のオメガである僕が王子様と結婚できるんだから)


「どうかしたの?ルーカ。爪なんて噛んだらだめよ」


「はーい」


 皇后、ああ、なんていい響きなんだろう。生まれのせいで散々バカにして来た奴ら全員に目にものを見せてやる。

 ルーカは微笑みながらもその赤い目の中に仄暗い殺意を揺らめかせた。







 公爵邸の一階にある大きなダイニング。

 その日は珍しく夕食に参加していたアルバトロスがシャールの名を呼んだ。


「なんですか?父上」


 シャールはナイフとフォークを置き、アルバトロスを見る。


「デモンとアーリーが牢から出てくることになった」


「えっ?ほんとですか?!」


 シャールより先に声を出したのはルーカだ。


「いつですか?」


 嬉しそうにそう聞くルーカに、リリーナは良かったわね、と微笑んだ。


(まあいつまでも牢にいるとは思ってなかったけど……)


「父上、それで牢を出てどのような処分を?」


「不問となった」


「えっ?!」


 今度はシャールが声を上げた。


「皇室の下賜品を盗んだのに?一体どうして?」


(良くて数年の禁錮刑、下手をすると爵位の取り消しで平民に格下げかと思っていたのに)


「オメガを排出した誉ある家門の息子だから容赦して欲しいと城に日参して許しを乞うた者がいてな。盗み自体も未遂だったし、穏便にと」


「……ああ。バリアン男爵ですか」


「そうだ。皇后が哀れに思い、国王に取りなしたらしい」


(……お優しいことで。けれど絶対裏がある。金を積んだか、それとも何か皇后の利益になることを承知したか?)


「実際に被害を被った訳ではないし、デモンとアーリーは傍系とはいえ、ミットフォード侯爵家に縁付く者だからな。被害者とはいえうちから反対することはできない」


「……そうですね」


 トムズ・バリアン男爵

 アルバトロスの妹でシャールの叔母であるダリアの夫だ。


 シャールにとっては叔父にあたる人物だが、なんと言うか……社交界の評判はすこぶる悪い。


「楽しみだなあ!」


 無邪気に喜ぶルーカは相変わらず食事のマナーも最低で、今も口いっぱいに肉を頬張りながらおしゃべりに興じている。



 ……食欲が無くなった。


 それはルーカの汚らしい食べ方のせいか、二人の従兄弟が無罪放免になると言う胸糞悪さからなのか……


 シャールは口元をナプキンで拭い、食事を終わらせた。


「じゃあ兄さんたちを助けたのは僕だね」


「そうね、ルーカ偉かったわね」


 何が偉いのかわからないがリリーナがルーカを褒めた。


 そんな二人を呆れるように見てから、アルバトロスはシャールに向き直る。


「シャール、あいつらはお前を逆恨みしている可能性が高い。うちには出入り禁止にするが、十分気をつけるように」


「はい、父上」


「失礼しちゃう!兄さんたちを犯罪者みたいに」


「そうよ二人とも、言葉には気をつけて?親戚なのよ?」


「あ、はい」


 ……みたいじゃない、犯罪者なんだけどな。

 そう言いたいのを堪えてごくごくと水を飲みほした。


 ああ、こんな日はしこたまワインを飲んで酔っ払って眠りたい。

 酒の味を知っているシャールはまだ十五歳の自分の体を恨めしく思った。



「じゃあ僕はそろそろ部屋に戻ります。おやすみなさい」


「おやすみ」


「おやすみなさいシャール」


シャールが挨拶を交わしてドアに向かおうとしたその時、廊下で複数人の騒ぐ声が聞こえた。

 聞こえてくるのは使用人の声がほとんどだが、その中でも一際大きく、野太く、嫌味な声。


 ……あれは……



「義兄さん!!」


 バン!!と大きな音を立ててドアを開け、飛び込んで来たのはトムズ・バリアン男爵だった。

 後ろには精一杯ゆく手を阻んだであろう使用人たちがオロオロしている。

 ああ、許可もなく入り込んだのか……


「お父様!」


 ルーカは嬉しそうに立ち上がった。


「デモンとアーリーを公爵邸に出入り禁止にしたと聞きました!どう言うおつもりですか!」


 ルーカを無視してツカツカとアルバトロスの元に歩み寄るトムズ。


 太りすぎで足元も見えないであろう巨体を揺らすトムズは、アルバトロスの側まで来ると鼻息荒く彼を見下ろした。


「普段から私が口出ししないのを良いことに我が家を馬鹿にしてますが、あなたの妹は私の妻なんですよ!」


(……それがどうした?)


 そもそもたかが男爵が侯爵家の当主に向かって取っていい態度じゃない。親戚とかなんとか以前に、貴族間の常識としてあり得ないだろう。


 アルバトロスは何も言わずにじっとトムズを見ている。

 その目から感情は窺えない。


 当のトムズは、その沈黙にようやく自分の失態に気付いたようで、居心地悪そうに身じろぎをし始めた。


(あーあ、頭に血が登って後先考えず怒鳴り込んできたんだな。この後どう始末をつけるのかな)


 シャールは巻き込まれまいとそっとドアから出ようとした。


「シャール!ちゃんとここにいないとだめでしょ!お父様!今回のことはすべてシャールが原因です!」


(……ルーカお前、本当に余計なことを)


 その声にハッとしてトムズがシャールを見た。

 そしてほっとしたように体の向きを変え、シャールに向かって歩いてくる。


「お前か!デモンやアーリーを罠に嵌めたのは!従兄弟として恥ずかしくないのか!」


「あっ!」


(ずるい!僕なら弱いと思って!)


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