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第14話 決意

 皇太子であるセスと距離を置きたいシャールにとって、神殿との接触は悪手にしかならない。


「……どうしよっかな」


 シャールはため息をついてペンを置いた。


「まあ焦ったってロクなことはないよね。時間はまだあるんだから。むしろあんまり早く鉱山が見つかったら皇后から不要な反感を持たれるかもしれない。それより先に考えなきゃいかないこともあるんだから」


 先に考えないといけないこと。

 それは来月に控えたシャールの婚約式だ。


 ここでもルーカは盛大なやらかしをしてみせた。

 それはもう伝説になるくらい鮮やかに。


「僕の婚約式用のドレスを実家に隠したんだよな。ほんっとに腹が立つことばっかりすふんだから」


 それだけではない、当日はそのドレスを着て婚約式に参加した。「セス」と「シャール」の婚約式なのに。


 けれど、可哀想なオメガ姫の片思いとして大ごとになることはなかった。

 正式に妻として認められない酒場の踊り子。それがルーカの母親だ。そんな平民の母から産まれて蔑まれながらも一途に王子様に恋する庶子のルーカ。

 健気なルーカを皇太子妃に!と声が上がり、それを題材にした芝居や小説が市井で爆発的に人気を博したのもこの頃だ。


「それにしてもあの盛り上がり方はちょっと不自然だったな……」


 シャールはペンをくるくると回しながら当時を思い出す。


 平民はそう言ったシンデレラストーリーが大好きだ。それは分かる。けれどあれは爆発的すぎた。


 現実の話として過ぎた縁はお互いを苦しめるだけなのに彼らはそう言ったことは考えないのだろうか。


「僕が死んだ後、あの二人は幸せになったのかな……」


 王妃教育など何も受けていない、税の仕組みや外交の意味も全く知らないルーカに皇后が務まるとも思えないのだが……。


 ふと、そんなことを考えて背中がぞわりとした。

 自分が皇后にならないために、ルーカを代わりにと安易に考えていたけれど、それによってこの国の人たちが被害を被るとしたらあまりに無責任な行動だ。


「どうしたらいいんだろう」


 婚約式はもう目前まで迫っているのに、代わりも何も当のルーカはこの国の歴史ひとつ知らない。いや、学ぼうとしないのだ。


 その事実を思い知らされ、頭を抱えるシャールの元に、セスが会いに来たとまた頭の痛い連絡が入った。


 (またお忍びか!)


 それでも放っておくわけにいかず、シャールは急いで紙を宝石箱にしまい鍵をかけた。





「お待たせしました」


「シャール!今日も美しいな」


「……恐れ入ります」


 庭にあるガゼボでひと足先にお茶を楽しんでいたセスの元へようやくシャールが到着する。


「先触をいただきましたら……」


「いいんだ。待つのも嫌いじゃない」


 (僕が困るんだよ!!)


 なにしろ到着してから連絡が入るのだ。こっちにも都合がある。


「悪かった。次からは連絡を入れよう」


「恐れ入ります」


「……」


「……」


「シャール、やはりルーカが気になるのか」


 (あれ、顔に出てたかな)


「ルーカが皇太子妃になることはない」


「え?」


 突然の宣言にシャールは面食らう。


「あの時は言わなかったが、万が一のことも考えてちゃんと準備されてるんだ。だからルーカと俺が結婚することはない」


「万が一?」


 セスはお茶を一口飲んでから話始めた。


「こんなこと言いたくないが、シャールに万が一のことがあった場合……」


「それは死んだり……などですか?」


「そうだな、そういった事だ」


「はい」


「次の皇太子妃はルーカではなく、エスペラント侯爵家の令嬢、アーシャだ」


「そうなんですか?」


 (……初耳だ)


 確かに皇后はオメガじゃないといけないわけではない。

 実際に、その王の代でオメガが見つからない場合もあるし、当のオメガがあまりに出来が悪い時は違う令嬢を皇后に立てることもある。


「ルーカは出自が良くないし、ミッドフォード公爵家と縁の者だと言っても血のつながりはゼロだ」


「確かに」


「だからシャールが皇太子妃の席を譲ったとしても、ルーカは俺とは結婚できないんだ」


 では前生ではどうして皇后になれたんだろう?

 まさか子供ができたから?


 それはあり得る。

 いくら出自に問題があると言っても、国王の血を引くアルファの子供を手放すのは惜しいだろう。

 アーシャがいくら優秀だとしてもアルファを産むことは不可能なのだから。


 ……なるほど。


「そうですか、お教えくださりありがとうございます」


 要はアーシャ令嬢と結婚するように仕向ければいいんだ。

 そして間違いを起こさないようにルーカはセスに近づけてはいけない。


「納得してくれたか?シャールは優しいからルーカにこの座を譲りますなんて言われないかハラハラしてたんだ」


「そんな……」


 よく分かったな。まあ優しさではないけれど。

 ……ちょっと待てよ。


「殿下、エスペラント侯爵家の令嬢って確かご年齢が……」


「ああ、まだ十歳にもならない。だから本当に万が一の備えなんだよ」


 この国では十九歳で成人すると結婚が可能になる。

 婚約は十五歳からで、子どもを守るためにそれより早い婚約は認められていない。

 だから小さいうちから決まっていたとはいえ、シャールとセスも正式な婚約はシャールが十五になるまで待っていたのだ。


 (婚約式はやらないと仕方ないな……)


 それどころか彼女が十五になるまでに五年以上もあるので結婚式だってしなければならないかもしれない。


(……いや、まてよ?)


(アーシャをセスに縁付けて、彼女が十五歳になるまでに二人の仲を取り持っておけば結婚式の延期だって可能だ)


 シャールは頭の中で今後の自分の動きを見定める。

 そしてセスを見てにっこりと微笑んだ。


「殿下、お茶をもう一杯如何ですか?」


「ああ、もらおう」


 普段は人形のように座っているだけのシャールからの突然の気遣いに、セスは嬉しそうに笑顔を返す。


(どちらにしても当分はセスの目を僕に向けておく必要があるってことだ)


 セスをルーカから守り抜こう。アーシャ嬢に引き継ぐまで。

 シャールの心は決まった。











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