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第12話 失敗

 だが、立ち上がりかけたシャールを制したのはアルバトロスだった。

 控えていた侍女にマロルーを呼びに行くよう指示を出す。


「父上!」


 デモンたちはいいぞとヤジを飛ばしながら楽しそうにそれを見ていた。




 間も無くマロルーが若い侍女のサリーに連れられて部屋に入って来た。

 酷く怯えて震えている。


「マロルー大丈夫だからね!」


「は、はい」


 シャールの励ましに彼女は少しだけ微笑んだ。


「デモンさっきの話は確かか?」


「勿論です。その侍女のアリバイを確認してください」


「そうだ、マロルーは一人じゃなかった!サリー!厩番のトミーと侍女のアンを呼んできて!」


「はい!」


 サリーは走って部屋を出ていく。


 侍女は大抵貴族か大商人の娘だ。滅多なことで邸内を走ったりしない。

 けれど皆から慕われているマロルーのためにと、サリーは急いで彼らを呼びに行った。


「おい侍女、ネックレスはどこに隠したんだ?」


「盗んでおりません」


「往生際が悪いなあ」


 真剣に在処を聞いているというよりはふざけて揶揄っているようなその様子に、シャールはぎゅっと拳を握る。


 しばらくして息を切らせたサリーがノックもせずドアを開けて飛び込んできた。


「トッ、トミーも!!アンも!!ああ……こんなことって!!」


 泣き崩れるサリーにデモンたちはまだ笑っている。


「あーあ、証人が死んじゃったら無実を証明できないね。やっぱりその侍女が犯人なんじゃない?いつもルーカを邪険にするからバチが当たったのかな?」


 アーリーの言葉に部屋の空気が凍った。


「アーリー」


「なんですか?伯父上」


「何故彼らが死んだと分かるんだ?」


「えっ……」


「そっ、そりゃこの状況で泣いてたら……」


 慌ててデモンが助け舟を出したがもう遅い。


「どう思う?スティーブ」


 成り行きを見守っていた執事は突然アルバトロスに水を向けられ、慌てて居住まいを正した。


「それは……確かにデモン様の仰るように死んだと思っても仕方ないかと……」


「そうか」


 アルバトロスはため息をついた。


「長年支えてくれた執事と意見が合わないとはな」


「い、いえ!旦那様そうではなく……」


 若い頃から彼の右腕として務めて来たスティーブが、こんなに取り乱す様子は誰も見たことがない。


 さっきまで笑っていたデモンたちも黙り込み、部屋は緊張感に包まれた。


「スティーブ、最近よくない連中と付き合いをしているらしいな。賭博で借金もあると聞いたが」


「そんな、どこからいい加減な噂を……まさか旦那様は信じておられませんよね?」


 スティーブは目に見えて狼狽え、指先を震わせる。


「そうだな。人伝に聞いたら信じなかったかもな」


「まさか、私のことをお調べに……」


「金庫を開け閉めするたびにあれだけの視線を感じたら気にもなる」


「あ……」


 がくりと肩を落とし床に座り込むスティーブを一瞥したアルバトロスは、今度はデモン達に向き直った。


「スティーブに話を持ちかけて金庫から盗ませ、それを受け取ったな?それならものの数分あれば可能だ」


「な、なんの話だか。証拠もなしに同じ血筋の僕たちを疑うんですか?伯父上」



「……入って来い」


 アルバトロスがドアに向かって声を掛ける。


 驚くことに入って来たのは厩番のトミーと侍女のアンだった。


「どうして……!死んだはずじゃ!」



 驚愕する二人にシャールが笑う。


「証人を消すんじゃ無いかと思ったから二人を隠してたんだ。部屋に押し入って来た雇われの殺し屋は、とっくに捕まえて牢屋に入れてるよ」


「そんな……」


「アン。話してくれるか」


「はい、旦那様」


 アンはおずおずと口を開いた。


「デモン様に嘘の証言をしろと言われました。マロルーとは一緒にいなかった、そしてマロルーが宝石を盗んだのを見たと言えと」


「それで?」


「断りました。そしたら『もういい、誰にも言うな』と言われたんですが、その直後にシャール様が来られて逃がしてくださいました。まさか殺されるところだったなんて……」


「トミーは?」


「僕も同じです」


 二人が話すのを聞いていたアーリーは、拳を震わせてキッとシャールを睨みつける。


「くそっ!シャール!!お前のせいで!」


 アーリーがシャールに向かってその拳を振り上げた。あっと思ったがもう遅い。

 あの体格で殴られたらただでは済まないだろう。

 シャールは覚悟を決めて頭を庇い、目を閉じた。


 ドガッッ!!!


(……あれ?)


 重たい音がしたのに予想していた衝撃が来ない。


 恐る恐る目を開けたシャールの前には大きな背中が立ちはだかっていた。


(……だれ?!)


服装から察するに王室騎士団のようだ。

腕に赤いリボンが巻かれているので小隊のリーダだろうか。

見ず知らずの相手だが、その頼もしい背中にシャールは不覚にもときめいた。



「大人しくしろ!」

「はなせっ!!」


性懲りも無く暴れて逃げようとするデモンとアーリーだが、そこに入ってきた他の騎士たちによって彼らの退路は完全に断たれた。



「大人しくしろ。お前たちの家からネックレスが見つかった」


その声に顔を上げると、セスがその手に盗まれたはずのダイヤのネックレスを持って立っている。


「殿下!」


「は?!殿下だと?!」


「どうしてここへ……」


 息を飲むデモンとアーリーは、事の重大さをやっと理解したようで、忙しなく目を泳がせなんとか逃げられないかと画策している。


「それに公爵家の使用人を殺害しようとした罪も重ねて追求するから覚悟しろ」


 皇太子にそう言われてはもう二人に出来ることはない。

力なく項垂れ、騎士たちに乱暴に引っ立てられていく。

その後ろ姿をシャールは胸がすく思いで見送った。



「騎士団を寄越してくれたのは殿下だったんですね」


「ああ。怪我はないか?」


「はい。本当に助かりました。皇室の力添えがなければ男爵家とはいえ、いきなり自宅を捜査するなんて不可能でしたから」





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