シャールは青ざめ、絶望で息が苦しくなる。
「シャール」
「は、はい……」
アルバトロスは落ち着いた声でシャールの名を呼んだ。
「心配するな。私の金庫から盗まれたのだ。私がきちんと処理をする」
「……父上……」
「まずは明後日にでも状況説明をする為に陛下に会ってくる。お前は何の心配もしなくていい」
シャールの顔色を慮ってか、いつもより穏やかな声のアルバトロスにシャールは少し気持ちが楽になった。
「父上……ひとまず犯人を探しましょう」
「ああ、明日使用人たちからも話を聞こう。お前はもう部屋に戻れ。起こして悪かったな」
「いえ、おやすみなさい」
そう挨拶して執務室を辞したものの、眠れる訳などない。
シャールはこっそりと使用人が住んでいる離れの棟に向かった。
「はいはい、少し待って……シャール様?!」
ノックの音にドアを開けたマロルーは驚きの声を上げる。
「しーーっ!」
「どうなさったんです、使用人棟にお越しになるなんて」
そう言いながらマロルーはシャールを部屋の中に招いた。
「ごめんね寝てた?」
「いえいえいくらおばあちゃんとはいえ、まだ寝るには早すぎますよ。それはいいんですが一体……」
「ちょっと聞きたいことがあったんだ」
もし過去の出来事を変えられないのなら、またマロルーが犯人にされてしまう可能性がある。
だから先に話を聞こうとここまで来たのだ。
「今日は一日どこにいた?」
「午前中にシャール様の冬のお召し物を注文に街まで行きました。その後は……」
「そうだね、僕のところに来てくれた」
「はい。その後は、馬小屋でシャール様の愛馬の様子を確認してクローゼットの整理をしていましたが……」
「ずっと一人で?」
「いえ、馬小屋には厩番のトミーがおりましたし、クローゼットはアンに手伝ってもらいました」
「分かった。ところで今日、父上の執務室の付近で誰か見なかった?」
「ああ、デモン様にお会いしましたよ。丁度お帰りになるところで。デモン様は私にお気付きにはなりませんでしたけど」
(デモンか!でもどうやって金庫を開けたんだ?そもそもそれが狙いで今日うちに来たのか?けれど夕方に来てから食事をしてそのまま帰ったのならそんな時間はなかったはず……)
目の前には心配そうなマロルー。
(けれど今ネックレスのことを話したら要らぬ誤解を招きかねない)
「マロルー、明日みんなに話があるからそれまでは言えないんだ。僕を信じて待ってて。絶対にマロルーを守るから」
不安げな顔を笑顔に変えたマロルーは「分かりました」と答えた。
「シャール様がそう仰るなら安心です」
「ありがとう!」
誰にも見られないよう本館に戻ったシャールは、再びアルバトロスの下に出向き、明日デモンとアーリーも屋敷に呼ぶように依頼した。
翌朝、屋敷中の使用人が広間に集められた。
皆が不安気にざわついている所にデモンとアーリーも到着する。
「僕たちまで呼び出して、一体なんの騒ぎです?」
心なしか緊張気味のアーリーに比べて、デモンは堂々と広間に足を踏み入れる。
まるで自分は全く無関係だとでも言うように。
(絶対こいつらの仕業に違いないんだ。待ってろよ。化けの皮を剥がしてやる!)
皆が揃ったのを確認してからアルバトロスが階段の上から声を上げた。
「昨夜、皇室から下賜された宝石が執務室の金庫から無くなった」
その言葉に広間はどよめきに包まれた。なんせ盗難だ。使用人にとっては身に覚えのない罪を着せられ処刑されることもある恐ろしい状況なのだ。
「落ち着いてくれ、これから一人ずつに話を聞きたい。呼ばれるまでここでそのまま待機して欲しい。今日は仕事に戻らなくて構わない」
アルバトロスの落ち着いた態度に、使用人たちも徐々に落ち着きを取り戻してきた。
そんな中、デモンは「伯父上!」と怒りに満ちた声を張り上げる。
「公爵家の盗難騒ぎにどうして僕たちが呼ばれたんでしょう!」
確かにそうだと使用人たちも頷き合い、アルバトロスを見上げた。
「聞きたいことがある。まずはデモン、お前からだ」
尋常ではない気迫にデモンは後退りするが、コホンと咳払いをして階段を登り促されるままに別室に消えた。
話は三十分ほどで終わり、その後はアーリー、そして使用人が順番に呼ばれた。
終わった頃には日も暮れていて、待っているだけでみんなヘトヘトになっている。
先に終わった料理人が簡単な食事を提供して回り、その日は一日が終わった。
夜の帳が下りる頃、執務室にはシャールとアルバトロス、そして執事の三人が暗い顔をして黙り込んでいた。
「使用人たちからはそれらしき証言は得られなかった」
アルバトロスの言葉に、シャールは従兄弟たちのことを聞いてみる。
「確かに怪しいと思うが、なにしろここに滞在していた時間が短い。彼らが自由な時間を持てたのはほんの十分ほどだ。金庫を壊したわけでもないのにそんな短時間で盗みはできない」
「マロルーの話は聞きましたか?」
「聞いた。デモンを見たというやつだろう?」
「はい」
「だが、実はデモンからはマロルーを見たと言われたんだ」
「えっ?!」
でもデモンはマロルーに気付かなかったと言っていたはずだ。
「手に何か袋を持って周りの様子を窺っていたらしい。隙間から光るものが見えたと」
「えっ?!父上、まさか信じてませんよね?マロルーは僕のもう一人の母親です!」
「分かってる。だが証言がある限りは仕方ない。このまま犯人が見つからなければ……」
(鞭打ちの後で領地から追放……)
シャールとアルバトロスは暗い顔で口を閉ざした。
「まだ犯人を捕まえてないんですか?」
ガチャリとドアを開け、入ってきたのはデモンとアーリー。
すでに客間で休んでいるはずの二人が揃って部屋にやって来た。
「勝手に入るなんて失礼ですよ」
「そんな場合じゃないですよね。早く捕まえて処刑しないと逃げられますよ」
さっきまで挙動不審だったアーリーもデモンと一緒にニヤニヤしながら椅子にどかっと腰掛ける。
(こいつら!)
公爵家当主にしていい態度ではない。