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第10話 罪悪感

 突然名前を呼ばれたルーカはワクワクした顔で返事をする。


「私が結婚するのはシャールしかいないんだ。私はシャールを愛している。だからいくらルーカがオメガでも結婚は出来ない。分かるか?」


 ……元々小柄で可愛らしい顔立ちのルーカは年齢よりずっと幼く見える。

 そのせいもあるのか、セスは幼子に話すように語りかけていた。


「……分かりません」


「そうか……」


 ガックリと肩を落とすセス。

 その様子を見ていたシャールは驚きで目を見開いた。


(愛してる?僕を?)


 そんなセリフ、過去では一度も聞いたことがない。ただ自分の一方的な片思いで、彼はオメガの自分を伴侶としてそばに置きたいだけだと思っていた。


その上での優しさと労わり。

けれどその時のシャールはそれで十分だったのだ。


 シャールが未来を変えようとしている事によって、過去の流れも変わってきているのだろうか。

 それともただ口にする機会がなかっただけでずっとそんな気持ちで接してくれていたのだろうか。


「まあいい、実際に結婚する十九の成人までまだ四年もある。それまでにルーカにもいい人が見つかる」


 そう言ってルーカの頭を撫でるセスは誰が見ても非の打ちどころのない婚約者だった。







 その日以降もセスはシャールに贈り物や花を届け続けた。そして時間を見つけては公爵邸に立ち寄り、お茶を飲んで帰る。


(以前はそんなことなかったのに)


 現時点では満点の婚約者に冷たく接するのも憚られ、さりとて好きになれるはずもなく、シャールは罪悪感に押し潰されそうな日々を過ごしていた。


 ……どうしても忘れられないのだ。

まだ実際には起こっていない事だとしても。

 あの時の屈辱も、痛みも苦しみも。

 そして沢山の犠牲も……



「アルジャーノン……」


 時折思い出すその名前を口に乗せてみる。


 セスより五つほど年上の彼は、今頃二十四歳くらいか。

 今どこで何をしているんだろう。

 確か騎士団に入ってしばらくは、辺境で魔物退治をしていたと聞いた事がある。

 今回は関わらないようにしようと誓ってはいるが、元気で過ごす姿を一度くらいはこの目で見て安心したい。


(アルジャーノンは何も知らないだろうけど)


 礼節を弁える彼が時折見せてくれた心からの柔らかい素の笑顔。

 そして最後に会いに来てくれた時の冷たい指先。


 絶対に忘れはしない。

 同じ過ちは繰り返さないために……












 その日は招かれざる客が二人も公爵邸を訪れた。

 バリアン家の従兄弟たち。

 長兄のデモンと次男のアーリー。

 ルーカの二人の兄達だ。


 特にアーリーについてはよく顔が出せたなと思うが、出迎えたシャールを睨んでいるところを見ると、自分が悪いとは微塵も思ってないらしい。


(父上が留守なのを狙って来るなんて)

 シャールは剣呑な顔で二人の男を眺めた。


 デモンは確か二十歳になったと聞いた。

 アーリーはセスと同じ十九だ。


 鮮やかな赤毛のアーリーに比べて、デモンの髪色は暗めの薄闇にある夕日のような色をしている。

 目の色もベースは同じ茶色だが、それぞれに濃さが違う。けれど基本的に二人はよく似ていた。


……外見だけでなく、中身も。





「さあ、みんな食事の準備ができたわよ」


 しんと静まり返った応接室に場違いなリリーナの声が響く。

 誰であろうとお客様が大好きな彼女は今日も張り切って料理の手配をしていた。



「会いに来てくれるなんて嬉しい!」


 ルーカは大はしゃぎで二人の兄達にベッタリと寄り添っている。


「まあ本当にルーカは甘えん坊ね」


 リリーナは微笑ましそうに三人を見ているが、彼らの雰囲気から異様なものを感じてシャールは目を逸らした。


(あの三人の絆はなんだろう。ルーカは父親が愛人に産ませた子で二人からすれば邪魔な存在なのに)


 二十一歳の記憶を持つシャールからすると、当時は気付かなかった違和感を感じずにはいられない。


 そう、例えば。


 共通の隠し事があるとか。






 そんな雰囲気で食が進むはずもなく、シャールは早々に自室に戻った。












「シャール様!」


 ぐっすり眠っていたシャールは聞き覚えのある声に叩き起こされた。


「えっ?なに?……スティーブ?」


 スティーブはアルバトロスの執事で、もう何十年も彼の側で仕える有能な男だ。


「お休みのところ申し訳ございません。旦那様がお呼びです」


「……え?こんな時間に?」


 シャールは慌てて上着を羽織り、スティーブと共にアルバトロスの執務室に走った。


「父上、何かありましたか?」


執務室にいたアルバトロスは、難しい顔をしてシャールを見る。


「念の為に聞くが、私の金庫からネックレスを持ち出してはいないな?」


「ネックレス?」


「お前が預けに来た、皇室から下賜されたネックレスが消えたのだ」


「婚約式で使うあのダイヤのですか?」


「そうだ」


 消えた?父上の執務室の金庫に入っていた物が?


「僕じゃありません!」


 シャールは慌てて叫んだ。


「分かっている。そもそもお前が私のところへ預けに来たのだから。念の為に聞いただけだ」


「あのネックレスがどうして……」


「分からん。留守の間はずっと鍵をかけていた。金庫もダイヤル式で番号を知っているのは私だけだ」


「そんな……」


 シャールは呆然とアルバトロスを見つめた。



 確かにあのネックレスは過去で盗まれ、どの伝手を辿っても見つける事が出来なかった。

 皇室から瑕疵を責められたミッドフォード家は、広大な領地の一部を皇室に返納する事で手打ちとする羽目になったのだ。


(今回はそうならないように父上に預けたのに!)


 執務室の金庫から盗まれたのならルーカ一人の力ではないだろう。


「他に何か盗られた物はありましたか」


「いやネックレスだけだ。昨日まではあったんだ」


「……そうですか」


(……こんなに気をつけたのに。もしかして大きな出来事は変えられないんだろうか。だとしたら結局僕は裏切られて死ぬんだろうか……)


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