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第9話 花嫁の交代だ

 それからしばらくして、婚約式の打ち合わせを兼ねた挨拶が行われた。


 王城の広間に呼ばれたのはアルバトロスとリリーナ、そしてシャールとルーカだ。


 シャールは淡い青を基調とした上品なマーメイドスタイルのドレスを着て、繊細なレースで編んだ肩掛けを纏っている。

 ルーカは、ピンクに赤のグラデーションも鮮やかなドレスで、彼の可愛い顔にとても似合っていた。

だがデビュタントにでも行くような派手な衣装でメイクや髪飾りも抜かりなく、誰よりも目立っている。


「まったく、主役を差し置いて」


 アルバトロスは不機嫌に呟いた。

 出掛けにルーカの装いを見た時、アルバトロスは激怒して着替えて来いと声を荒げた。だが、ルーカは言うことを聞かなかったのだ。


 まあ時間もないしと、シャールとリリーナで取りなしてどうにか登城したが、険悪な雰囲気はまだアルバトロスの周りに漂っている。



 そんな気まずい中、皇后陛下であるベラが皇太子を伴って広間に姿を現した。


「皇后陛下にご挨拶申し上げます」


 両親と一緒にシャールとルーカも頭を下げた。


「ごきげんようシャール。今日も美しいわね」


「皇后陛下のお美しさには敵いません」


「まあお上手だこと」


 ベラはシャールに近付き、上から下まで舐めるようにじっくりと眺める。

 シャールはその様子を執念深い蛇のようだと思った。

セスは昔、蛇に噛まれて何日も寝込んだことがあり、それ以来爬虫類が大の苦手なのを公言しているのだが、母親が蛇に似てるなんて皮肉なものだ。



「陛下は体調が悪く今日はお休みになっておられるの」


「左様ですか」


 アルバトロスがなんでもないようにあっさりと答える。


想定内だ。


 国王陛下は元気な時の方が少ないくらい常に伏せっており、実権は皇后が握っている事はこの国の貴族なら周知の事実なのだから。


「では当日の取り決めをしましょうか。セスはシャールと庭を散歩してくればいいわ」


「はい」


 セスがシャールに近づき、その手にキスをした。

 そして腕を差し出してエスコートを促す。


「シャール、庭を案内するよ。今はバラが見頃だ」


「ありがとうございます」


(腕に触れるの嫌だなあ)


そうは思っても彼を突き放す理由もなく、シャールは仕方なく彼の腕を取った。





「待ってください!」


 その時、それまで大人しくしていたルーカが立ち上がって二人の元に駆け寄った。


「僕も連れて行ってください!」


 そう言って皇太子の腕に自分の手を絡める。


(ルーカ!皇后陛下の前で何してんの!)


 シャールは青ざめながら周りの様子を伺うと、やはりと言うべきか、一同皆、呆気に取られていた。


「ええっと、ルーカ?だったかしら?」


 一番に声を発したのは皇后だ。


「はい!名前を知ってくださってて嬉しいです!」


 皇后のこめかみにピキッと青筋が立つ。


「貴方はここにいて。二人は許嫁なんだから邪魔はしないのよ?」


「そんな……一緒に散歩に行くだけです」


 みるみるうちにルーカの瞳に涙が溜まりだす。


「あのねえ!」


 声高に不快感を現す皇后。

だが執りなしたのは皇太子のセスだった。


「まあまあ母上、これからは彼も家族の一員です。この機会に親交を深めてもいいんじゃないでしょうか」


「はぁ……分かったわ。貴方がそういうなら構わないけど」


「はい」


 そうしてシャールとセス、そしてルーカは皇室自慢の温室へと向かうことになった。





「プレゼント気に入ってくれたかい?」


「はい、お気遣いいただきありがとうございました」


「どれもシャールを思ってこの私が手ずから選んだ物なんだ」


「そうなんですね……」


 複雑な思いで、シャールは辿り着いた温室の中を手を引かれるままに進んでいく。



(帰ったらルーカにはきちんと言って聞かせないと。これが他の貴族だったらとっくに家門取り潰しになってる)


 痛む頭を抱えながらそんなことを考えていると、突然後ろからぐっと肩を引かれた。


「シャール!場所変わって」


(え?なんて?)


 シャールは耳を疑うが、ルーカは平然と二人が手を離すのを待っている。


「ルーカ、ちょっと大人しくしてて」


「だって王子様を僕に譲るって言ったでしょ!」


「なに?!シャール本当か?!」


「……ご説明します」


(六年前のルーカはこんなに馬鹿だっただろうか。まあまだ十四歳だもんな。当時は自分も子供だったし気付かなかったのかもしれない)


 シャールは先日の朝食での会話をセスに説明した。






「……シャールは私が気に入らないのか?」


 セスがあまりに悲しそうな顔をするのでシャールは言葉に詰まる。


(確かにこの時のセスは僕だけを思ってくれていた。そんな相手に冷たくするのは気が重い……)


「……そんな事はありません。でも……」


「でも?」


「同じオメガです。ルーカが先に生まれていたら殿下の婚約者はルーカでした」


「シャール……だから俺にルーカと結婚しろと?」


「ルーカは可愛い子です。きっと好きになります」


そう言ってシャールはルーカの方をチラリと見る。ルーカは当然とばかりにうんうん頷いていた。


(……腹立つな)


けれどいい機会だ。

ここで花嫁交代といこう。


「シャール」


「はい」


「俺はシャールじゃなきゃ嫌だ」


「……」


(そうは言われましても、近い将来貴方あっさりと僕を捨ててルーカを選ぶんですよ……ああ、そう言ってやりたい!!)


けれどシャールの沈黙を良い方に取ったセスは、今度はルーカに向き直った。


「ルーカ」


「はいっ!王子様!」







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