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第8話 わがまま

リリーナが目を瞠る。


「そう。今のままじゃルーカはみんなに嫌われて一人ぼっちになっちゃうでしょ?父上はそんなルーカが可哀想で、今のうちにちゃんとした考えを教えようとしてるんだと思うんだ」


「まあ!」


 リリーナは大仰に口に手を当て驚いてみせた。


「お父様は素敵な人ね、シャール」


「うん、そうだね」


(えっ?ちょろ……)


「じゃあ様子を見守ろうかしら。でも一人で二カ月もお部屋なんて可哀想で仕方ないわ。お茶会を開くから招待してあげよかうかしら?」


 そんな謹慎聞いたことない。


「その後、また父上に怒られてお小遣い半分になってたからお茶会も許されないんじゃないかな」


「え?シャールのお部屋を散らかしただけじゃなく?あの子何をしたの?」


「お忍びで遊びに来た皇太子の膝の上に乗って抱きついてたよ」


「まああっ??そうなの??」


 リリーナはふらりと倒れそうになった。


「それはダメよ。それはいけないわ。殿下はシャールの婚約者なんだから」


「……そうだね」


「分かりました。私がきちんとあの子に話して聞かせるわ」


 そう言うなりリリーナはすくっと立ち上がり、部屋を出て行った。


(多分丸め込まれた上に嘘吹き込まれて戻ってくるんだろうなあ)


 その状況が火を見るより明らかでシャールはため息をつきながらテーブルの上のクッキーに手を伸ばした。





「おはようございます。シャール様」


 翌朝マロルーの声で起こされたシャールは、ドヤドヤと大人数で部屋に運び込まれてきた沢山の箱や花に驚いて、ベッドから飛び起きた。


「全部皇太子殿下からですよ。大切にされてますね、シャール様」


「……そう……だね?」


 シャールは複雑な気持ちでプレゼントの山を見る。

過去でも行事ごとに宝石を贈ってもらったが、それも婚約式を終えてからだ。

でもこんなに沢山貰うのは初めてだし、なんならルーカがセスの側に行ってからは一度も無かった。


それこそ、花の一輪さえも。


 ……結婚してからもこんな風に僕を思って欲しかった……


 そう考えると悲しみやつらさより悔しさや恨みが蘇る。


「とりあえず邪魔だから端に寄せといてくれる?」


「まあ邪魔だなんて」


「だってまだアーリーに散らかされた小物類も片付いてないのに」


 昨日、アルバトロスが寄越した使用人たちによってあっという間に部屋は綺麗になった。

 けれど細かなアクセサリーなどは自分で選びやすいように仕分けをしたい。そう思ってそのままにしておいてもらったのだ。


「じゃあわたくしがプレゼントと一緒に片付けましょう」


「任せてもいい?マロルーなら安心だ」


「お任せくださいな。シャール様はどうぞ朝食にいらして下さい」


「分かった、ありがとう」


 シャールは別の侍女に身支度を整えてもらい、両親のいる食堂に向かった。


(そう言えば今日からしばらく食事の時にルーカの顔を見なくて済むんだな。

 ルーカは何度言っても食べ方汚いし、メイドに文句ばっかり言うから喉を通らないんだよ)


 シャールは鼻歌でも歌いたい気持ちで爽やかな朝を楽しむ。

 けれど食堂に足を踏み入れるなり、いないはずの人物を認めて、今までの気分がどん底まで落ちた。


「……父上母上、おはようございます」


「おはよう」


「おはようシャール」


 仕方なくなんでもないそぶりで席に着く。だが、何度見ても目の前で卵を丸かぶりしているのは謹慎中のはずのルーカだ。


「シャール?ルーカも反省してたわ。二度と殿下に近づいたりしないって約束してくれたの」


「そうですか」


(そんなわけないんだけど、今回だけは近づいて欲しいから別にいいや)


 シャールはなんだか喉が渇いてグラスのオレンジジュースを一気に飲み干した。


「うわーんシャール……!」


 そこで向かいの席のルーカがいきなり泣き出す。


 ああ、もうご飯どころじゃない。


 シャールは目の前にある大好物のフレンチトーストを諦め、ナイフとフォークを元に戻した。


「なに?ルーカ」


「昨日はごめんなさい~」


「うん」


「でも羨ましかったの。同じオメガなのにシャールは王子様と結婚するんだもん。僕なんて庶子だし髪の色だってシャールほど綺麗じゃないし、それにこんな赤い目で誰にも好かれないよ」


 しゃくりあげながら語るルーカに、既にリリーナはもらい泣きしている。


(茶番劇ってこう言うやつのことを言うんだろうな)


「ルーカ、お母さまが素敵な人を見つけてあげるから!ね?あなた!」


「……ああ」


 どうやらリリーナに押し負けて、謹慎中にもかかわらず食事に同席する許可を与えたのはアルバトロスのようだ。


 シャールは仕方なく宥めるための言葉を紡いだ。


「ルーカ、もういいんだよ」


「本当に怒ってない?」


「怒ってないよ」


「良かった!でもあんな素敵な人がこの世にいるんだね、びっくりした」


(……?そうでもないけどな)


「父上、ルーカがこんなに慕っている方です。僕の代わりにルーカを皇室に嫁がせるのはどうでしょうか」


 一か八か直球で行ってみよう。

 シャールは大きな賭けに出る。


「えっ?本当?僕が王子様と結婚していいの?」


「ゴホッ!!」


 ルーカの喜色満面ぶりにアルバトロスが派手にむせた。


「大丈夫ですか?父上」


「……問題ない。だが、ルーカを嫁がせる話は無理だ」


「えっ?父上、どうしてそんな意地悪を言うんですか?」


 またしてもルーカの大きな目が涙でうるむ。


「シャールとセス殿下との婚姻はきちんと皇室と契約書を交わしている。こちらからそれを違えるような事はできない」


「じゃあセス殿下がシャールじゃなくて僕のことを好きになればいいんでしょ?僕そういうの得意だよ」


「ルーカ!」


 アルバトロスの本気の怒号が飛び、流石のルーカもびくっと体を竦めた。


「この話は終わりだ。執務室に戻る」


 そう言ってアルバトロスは食堂から出て行った。



(まだ半分も食べてないのに)


 アルバトロスの二の舞にはなりたくないシャールはナイフとフォークを掴んで食事を再開する。


「ルーカ、ワガママはダメよ。いい出会いは沢山ありますからね」


「……僕は王子様がいいです」


「じゃあ他国の王子様を探しましょうか」


 いい案とばかりに手を叩いて喜ぶリリーナにシャールは戦慄する。


(母上、ルーカの本性がバレたら国家間で戦争が始まります)


 けれどルーカはそんな提案にも首を縦に振らない。

 黙って口の周りをメープルだらけにしてフレンチトーストを食べている。


(まずは行儀作法を徹底して教えないとな)


 シャールはため息をつきながらようやく自分の皿に手を伸ばした。




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