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第7話 シャールの思惑

 過去でセスがルーカに初めて会ったのは、婚約式の前の挨拶を兼ねた打ち合わせの時だった。


でも……


 シャールは足を止めた。


 過去より三カ月近く前に二人は出会った。

 このまま惹かれあってくれればシャールは結婚から免れる。

 上手くいけば婚約さえもルーカとしてくれるかもしれない。


(よし!二人きりの時間を長めに取って進展させよう!)


 シャールはいい考えだとばかりにほくそ笑んで、庭のベンチに腰を下ろした。








(は?)


 しばらく時間を潰してから、茶器のセットを持ってガゼボに戻ったシャールを待ち受けていたのはとんでもない光景だった。


 大きく足を開いてセスの膝の上に向かい合わせで座っているルーカ。

 そして何とかそのルーカから逃れようと手足をばたつかせ四苦八苦しているセス。


(いやいやいやいや、何やってんのルーカ!!一足飛び過ぎるだろ!)


 ガチャン!!


「あっ!」


慌てて駆け寄ったのはいいが、動揺していたのかシャールは躓いて転び、茶器をトレーごと落としてしまった。


「シャール!」


 セスは膝の上からルーカを押し除け、慌ててシャールの元に駆けつけた。


「いったーい!」


まあそりゃ痛いだろうな。

 ガゼボの床は大理石だ。


尻餅をついたルーカが大袈裟に叫ぶが、セスは気にもとめず、シャールを抱き起こした。


「大丈夫か?!」


「はい、大丈夫です。それよりルーカが失礼なことを……」


「ああ、構わない。まだ子供だ」


 仕方ないという風に苦笑する顔を見ると、現時点では恋愛感情は微塵もないようだ。

……残念だけど。


「ルーカ!きちんと殿下に謝罪するんだ」


 シャールの初めて聞く厳しい口調に、床に座り込んだルーカは体をビクリと震わせた。


「ごめんなさい。陛下があんまり素敵だったから」


「そう思って貰えるのは光栄だが、婚約者のいる男に先ほどのような態度はいただけないな」


「……はい。ごめんなさい」


 涙を流すルーカを可哀想に思ったのか、セスが彼にハンカチを渡す。

 それを嬉しそうに受け取り、キラキラしたルビーの目でセスを見上げるルーカ。

……その顔は少しも反省していなかった。



ガゼボは気まずい空気に包まれていたが、当の本人であるルーカだけは何も気付いていない。



そこに救世主が現れた。


「殿下が来られていると聞いて挨拶に来たが……これはなんの騒ぎだ?」 



 アルバトロスは本日二回目となるこのセリフを、なんとも言えない顔で口にした。





 セスが公爵邸を後にすると、アルバトロスはルーカに先ほどの二カ月の謹慎に合わせて、もう一ヶ月の謹慎の追加と、当面の小遣いを半分に減らすと宣告した。

 買い物好きのルーカは哀れな叫び声を上げたが、気迫に押され渋々と自室に戻って行く。



 そしてその後は何故か……


 アルバトロスと一緒にシャールは自分の部屋でお茶を飲んでいた。


「シャール、このクッキーは私が領地の視察に行った時に買ってきたものだ。新しい小麦を使い黒糖という黒い砂糖を混ぜて作られている。黒糖を栽培する道のりは険しかったが、とても強い種で冬の寒さにも耐え抜いてくれた」


 アルバトロスが何故かボソボソとクッキーの身の上話をする。


「あ、そうですか。ではいただきます」


 空気の重さと反比例して部屋の中にはサクサクという軽やかな音が響いた。



「それにしても部屋はひどい有様だな。アーリーの罰は軽すぎたかもしれない」


 まだ部屋には先ほどの狼藉の名残があちこちに残っていて、アルバトロスが痛ましそうに顔を歪める。


「大丈夫です。後でメイドたちと片付けます」


 サクサクの合間にそう返事をする。


「では手の空いている使用人をこちらに寄こそう」


 そう言うとアルバトロスは突然立ち上がり、さっさと部屋を後にした。


(父上が何を考えているのかさっぱりわからない)


 けれどようやく一人になれたシャールは少し気が楽になった。


(先ほどのアーリーの一件で、父上の新しい一面を見た。もう少し歩み寄れたらセスとの婚姻も考え直してくれるかもしれない。……いやそれは楽観視し過ぎか)


 まだセスとルーカは何も進展していない。それなのにこちらからシャールではなくルーカをと言っても受け入れて貰える可能性は低いだろう。


 セスが自分からルーカがいいと言ってくれれば話は早いのだ。

 サクサク……


 ……このクッキー美味しいな。手が止まらない。



「シャール」


 控えめな声がドアの辺りで聞こえる。

 ノックもせずにと思ったがどうやらドアが半開きになっていたようだ。


(父上め。せっかく一人になれたのに)


「……どうぞ母上」


「ありがとう」


 さっきまでアルバトロスのいた場所に今度はシャールの母親である公爵夫人リリーナが座った。


「聞いたわ、ルーカのこと。許してあげられない?悪いのはアーリーなんだし」


(ほらきた)


 リリーナは良くも悪くも脳内お花畑の人で、性善説で生きている。

 どんな極悪人でも話せばわかると言うのが口癖で、ルーカに関しても何度も酷い目に遭っているのに何をしても信じるのだ。


「さっきお部屋に行ってみたの。ルーカは泣いてたわ。シャールからお父様に取りなしてあげたらどうかしら?」


 目を潤ませてそう言うリリーナに、シャールは何も言えず黙り込んだ。


 実際のところ、『僕が?なぜ?』と言いたいのを堪えての無言だったのだが、リリーナはいい方に曲解した。


「そうよね、シャールもこの罰は厳し過ぎると思ってるのよね?じゃあ一緒にお父様のところに行ってお願いしましょう」


(だめだ。この人には「察して」は通じない。

 だが考えてみたら過去の僕もこの人と同じようにルーカを信じて庇ってきた。さすが親子)


 でも残念ながら、もうそんな甘いシャールはいないのだ。



「母上」


「なあに?」


 薄桃色の髪を揺らし大きな緑の目を瞬せる母は、年よりずいぶん若く見える可愛い人だ。


「僕もつらいんだけど、父上もルーカのためを思ってのことだと思うんだ」


「ルーカのため?」


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