その頃ルーカは、アーリーと引き離され早速自室での謹慎生活を余儀なくされていた。
「なんだよ。シャールのくせに」
ルーカはぎりりと爪を噛む。
「あんな風に父上にはっきりと自分の意見を言うシャールは初めて見た。急にどうしたんだろう」
シャールは優しい。
ルーカがどんな我儘を言っても最後には困った顔で許してくれる。
むしゃくしゃして強く叩いたり引っ掻いても大丈夫だよと言ってくれた。
それは物心ついた頃からずっとそうだった。
最初はそんなシャールが大好きだった。
けれど歳を重ねて自分の立場が分かるにつれ、それが憎しみに変わった。
たった一歳違うだけ。
もしルーカが先に産まれていればどんなに反対があったとしても、自分が皇太子妃になっただろう。
例えこんな赤い目をした、シャールよりランクの劣るオメガであっても、だ。
そうすれば今まで自分を見向きもしなかった冷たいお父様とお母様だって僕を愛したはず。
それに育ててくれている父上だってもっと僕だけを可愛がったはずだ。
シャールの父であるアルバトロス公爵は、一見冷たく見えるが公平で実直な人だ。
そして、そうは見えないがシャールをちゃんと息子として愛している。
「結局僕はどこに行っても1番にはなれないんだ。でもこんなに可愛いのに幸せにならなきゃおかしいよ」
ルーカは深く沈んだ気持ちで窓を開けた。
暖かい日差しが降り注ぎ、庭の花たちが綺麗に咲いているのが見えた。
「あーあ、街に降りて買い物したかったな。新しい指輪とピアスが欲しかったのに」
けれど言われた通りであれば当分は軟禁生活だ。
ルーカは大きくため息を吐いて花壇の向こうのガゼボに視線を移した。
「……誰?」
ルーカの目に映ったのはガゼボでお茶を飲んでいるシャールともう一人の男。
そして邪魔にならぬよう身を隠して配置されている大勢の護衛達。
「護衛の白い制服……まさか宮廷騎士団?じゃあ!あの人が王子様!!」
遠目にも分かる、金糸の髪に立派な体躯。
瞳は何色だろう?どんな声をしてるのかな?
近くで見たい!
ルーカはドキドキと高鳴る胸を抑えきれなかった。
「会いたいなあ王子様。少しくらいならいいよね!」
そして早速侍女を呼びつけ、身支度を整えさせた。
「シャール、婚約式のことだがドレスにするのか?式服にするのか?シャールならドレスが似合うと思うが、私が贈ってもいいか?」
煙に巻くように一気に畳み掛けるセス。
「はい、お願いします」
シャールは、彼が望む通りの答えをセスに返した。
「良かった。実はもう手配しているんだ。出来たら届けさせるから着てみてくれ」
「ありがとうございます殿下」
皇太子という立場のせいで良くも悪くも自分の好きなように振る舞うセスだが、ドレス姿が楽しみだと言う笑顔に悪意はない。
(僕は男物の服の方が好きなんだけどな)
オメガの容姿は独特だ。
大人になっても中性的で男女どちらにも見える。
子供を産むと女性体に近づくと言われており、それも人それぞれだが、セスの母親である皇后殿下なんてどこからどう見ても女性にしか見えない容姿を持っていた。
(僕もあんな風になるのかな。それなら余計に今の間は男服で過ごしたいのに)
シャールは普段の服は男性に近いものが多い。その方が動きやすいと言うのもあるし、女性と比べて胸が大きくないのでドレスは特別にあつらえが必要なのだ。
だがセスはシャールの着飾った姿を見るのが好きなようだ。
本日はいつものように普段着の男性物を着用しているが、それについては何か言いたそうではあるものの、突然訪れた自分が原因だとわかっているのか黙っている。
悪い人じゃなかったんだけど、どうしあんな暴君になっちゃったんだろう。
幼い自分の恋心が迷子になっているようでシャールは悲しくなった。
「婚約式の準備で必要なものはないか?」
「はい、ございません」
「宝石は?靴はあるか?」
「はい、すべて準備済みです」
「……今日のシャールは何だかいつもと違うな」
「……そうですか?」
「ああ、いつもよりずっと大人びている。けれどそんなシャールも魅力的だ」
セスは鮮やかに笑う。
(二十一歳で死んだから今の僕はセスより二歳も年上なんだよ)
言えない言葉を心の中でセスに伝える。
確かにこんな楽しい時もあったのだ。
どうしてこのまま添い遂げることができなかったんだろう。
切なさとやるせなさに目頭が熱くなる。
気を逸らそうと花壇に視線を移すと、ガゼボに向かって足早に近付くドレス姿の令嬢が見えた。
いや、令嬢じゃない。
あれはルーカだ!
(謹慎だって言われてるのに!何してんの!)
そのお陰というべきか、シャールの涙は一瞬にして消え去った。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
ルーカは側まで来ると、そう言って殿下に不恰好なカーテシーをして見せた。
(ああ、殿下より先に声をかけちゃダメだろ。いやそれよりここにいることがバレたら父上が大激怒だよ)
セスの前で迂闊な事は言えないシャールをよそに、ルーカは自慢の甘い笑顔でにこりと微笑む。
セスは面食らったように彼を見上げた。
「ああ、君がミッドフォードのもう一人のオメガ姫か。可愛らしいな」
「身に余るお言葉にございますです」
(……ルーカ……言い慣れない言葉だとしても酷い)
「畏まらなくていい、俺は堅苦しいのは嫌いだ。よければ一緒に話をしよう」
「では失礼します」
そう言われた瞬間、ちゃっかりと陛下の隣に腰を下ろすルーカに、セスも苦笑いだ。
こうなってはもうルーカを部屋に帰すわけにもいかない。シャールは早々に諦めて、ルーカの分のお茶を頼もうと立ち上がった。