(けれど結局、セスはルーカを選んだ。それなら今から二人を近づければ最初からルーカを好きになるのでは?)
夢を見てるんじゃないかという疑惑はまだ拭えない。
けれど現実かもしれないのだ。
それなら後で後悔しないよう精一杯、今出来ることをしようと決めた。
(まずは、今回のネックレス事件、それから婚約式の時のルーカのドレス事件。あと、一番避けたいのは暴漢に襲われた時にセスを庇って怪我を負った事件だ)
シャールは紙を出して、そこに簡単に時系列と覚えている限りの情報を書き込んだ。
そしてそれを丁寧に畳んで宝箱に仕舞い込み鍵をかける。
結婚から離縁まで二年の間、ずっとセスの側にはルーカがいた。
シャールに怪我を負わせてしまった負い目で言えなかっただけで、本当は最初からルーカが好きだったのかもしれない。
よし、なんとかして二人を結婚させよう
そう思ったその時、
バタン!!
「うわ!!なに?!」
予告もなく突然開いたドアにシャールは心底驚き、椅子から飛び上がった。
「シャール!!」
飛び込んできたのは、バリアン家の次男、アーリーだ。
「どうしてルーカを虐めるんだ!」
またかよ……
(まあ、アーリーばかりを責められないけどね。だって後ろに泣き真似をしながら僕を見て笑ってるルーカがいるんだから)
バリアン男爵家はルーカの生家で、ミッドフォード公爵家の傍系だ。
ルーカの母はシャールの父の妹でシャールの叔母に当たるが、ルーカはその夫であるバリアン男爵が他の女に手をつけて産ませた子なのでシャールとルーカに血の繋がりはない。
それなのにバリアン家の二人の兄、シャールの従兄弟たちは異常なほどにルーカを可愛がっている。
ルーカが養子に入ったこのミッドフォード家に居座って彼の世話を焼くほどに。
「シャール!ルーカに謝れ!そして意地悪しないでネックレスくらい見せてやればいいだろ!」
(……ネックレスくらい、ね)
シャールは心の中でアーリーの知見の浅さを馬鹿にした。
(皇室から直接賜った、国宝のダイヤモンドだけどね?)
猪突猛進、後先考えない乱暴者。
アーリーはそんな男だった。
シャールとたった三歳しか違わないのに体も声も大きいので大抵の者は怯むが、化け物並みの貴族連中と渡り合ってきた皇后としての経験があるシャールには通じない。
(ルーカのいい加減な嘘を信じて散々僕を虐めてくれたよな)
仕返ししてやりたい気持ちはあるが、今は相手に疑問を持たせるわけにはいかない。
シャールは昔のように困った顔をして小さな声でつぶやいた。
「虐めてなんかないよ……置いた場所を思い出したら見せるって……」
「じゃあ、今すぐ探せ!さっさとしろ!」
「分かったよ……」
シャールはのろのろと立ち上がりクローゼットや棚を探すフリをする。
だがもちろんこんな所には置いていない。
「まだかよ!」
案の定、気の短いアーリーは苛々と足を踏み鳴らした。
当のルーカと言えば、さっきまでシャールがいた場所を陣取り、お菓子を黙々と食べている。
(さっきまで泣いてなかった?それよりマロルーのパイが……)
悔しい思いをしながら丁寧に洋服を端に寄せていると、痺れを切らせたアーリーがシャールを突き飛ばし、クローゼットから服を掴んで投げ始めた。
「やめてよ!アーリー」
「うるさい!お前に任せてたら明日になるだろ!」
そう言いながらすごい勢いで部屋の中の物をひっくり返していく。
こうなるともう手がつけられない。
シャールはひたすら弱々しくアーリーにやめてくれと懇願するふりをした。
(もう少し、もう少しの辛抱だ)
シャールは胸の内で時間を測る。
過去をなぞっているとしたらもうすぐ……
「うるさいぞ、なんの騒ぎだ」
(来た!!)
シャールがドアの方を見ると、そこにはシャールの父であるアルバトロスが腕を組んで立っていた。
「あ、いや伯父上これは……」
さっきまで威勢の良かったアーリーがしどろもどろで言い訳を始めた。
アルバトロスは黙って彼の出方を待っている。
たまたま部屋の前を通りかかった公爵が、このタイミングで部屋に入って来るのを過去から戻って来たシャールは知っていた。
(……まあどっちにしても一緒に罰を受けて一ヶ月外出禁止になったけど)
以前はただ、シャールがアーリーに詰め寄られていただけだったが、今回は更に部屋の中で大暴れをしているのだ。
もっと罰は重くなるに違いない。
あの時よりアルバトロスの眉間の皺が深いことが、それを物語っている。
(謹慎が長くなるのは仕方ないな。このままじゃ部屋中が滅茶苦茶になっちゃうし)
シャールは二ヶ月後に控える友人との遠乗りを諦めた。
「違うんです!伯父上!シャールの奴がルーカを虐めて……」
「虐めた?何をしたんだ?」
途端にルーカはびくりと体を揺らした。
「婚約式のネックレ『アーリー!!』」
ルーカが慌ててアーリーの元へ飛んでいく。けれど脳みそが筋肉で出来ているアーリーはあっという間に本当のことを喋ってしまった。
「なるほど、婚約式のネックレスをな」
「それだけ?そんな態度でいいんですか?大事なルーカが傷ついて泣いてるんですよ!」
冷静なアルバトロスの態度に納得のいかないアーリーは叫ぶように訴えた。
「アーリー!!もういいから!」
まだ激怒している彼に対して、ずる賢いルーカはこの状況がどれだけまずいか気付いている。
「まずアーリー、お前はバリアン家に帰れ。ルーカは自分の部屋でニヶ月の謹慎だ」
「そんな……!」
「伯父上!俺が家に帰ったら誰がルーカの面倒を見るんですか!」
「公爵家の侍女がいつも世話をしているはずだが?」
「足りません!ルーカは寂しがりの弱い子なんです!」
「ああ、もういい早く帰れ」
アルバトロスは面倒くさそうに手をひらひらと振った。
「そんな!じゃあ、シャールにも罰を与えてください!不公平です!」
(え?不公平?そこでなんの公平性を求めてるの?)
戸惑うシャールにアルバトロスの視線が移る。
「シャール」
「はい、父上」
「お前は自分が悪いと思うか?」
試すような声だ。
(以前もルーカが泣いて騒ぎを起こすたびにこんな風に聞かれた。その度に、僕は自分も悪かったと言って二人で罰を受けたっけ)
でも今は……
「悪くありません!」
シャールは毅然と答えた。