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第3話 死に戻り

 シャールが次に目を覚ましたのは実家である公爵邸だった。

ベッドから身体を起こし周りを見渡すと、懐かしい思い出そのままの自分の部屋だ。


(ここは天国かな。それにしてもリアルだな)


きょろきょろしていると、目の前に腕を組んで仁王立ちをしているルーカがいる。


「シャール!!」


「なんだよ……」


死んでまでどうしてお前の顔を見ないといけないのか。

シャールは腹の中で悪態を吐いた。


 だが、何かがおかしい?



「ねえ、どうしたのシャール。まだ寝ぼけてる?」


 ああ、そうか若いのだ。

 目の前のルーカは腰まである長い髪をしている。

確か成人になったのを機に、彼はこの髪を肩までバッサリと切ったはず。


(あの世だから若い姿なのかな。でも死んでまでルーカと一緒なんて最悪だ。え?じゃあルーカも死んだの??それはそれでザマアミロなんだけど)


「シャールってば!」


ドン!


「痛っ!」


「大袈裟だなあ」


思い切り叩かれた背中に痛みが走った。


(あれ?痛い。死んでるのに?)


「ちゃんと聞いてる?もっと打って目を醒させてあげようか?」


「起きてる!」


 これ以上打たれては敵わないと慌てて返事をするが、死んでなお、自分を苛つかせるルーカに腹立たしさが湧き上がる。

だが文句の一つも言ってやろうと顔を上げたその時、目の前の鏡に映った自分の姿を見て愕然とした。


(えっ?僕も若返ってる!)


 丁度、陛下と婚約式をした十五歳の頃、地獄のような断罪劇から六年ほど前の姿だ。


「シャールってば!どうしたの!殿下に貰ったネックレス見せてくれるって言ったじゃないか」


「ネックレス?」


「そうだよ。本当にどうしちゃったの。今日のシャールなんだかおかしいよ」


 そう言えば昔、婚約式に着けるはずのネックレスをルーカにしつこくねだられて見せた事がある。

 でもその後、しまっていた場所からその宝石が忽然と姿を消し、部屋の管理の総責任者であった侍女長が犯人として家を追い出されたのだ。


「ねえどこにしまってあるのかだけでも教えてよ」


 ルーカは無邪気な顔で執拗にネックレスにこだわっている。




 もしかしてネックレスを盗んだのは……



「どこにしまったのか忘れちゃった」


「嘘でしょ」


 信じられないという顔のルーカは心なしか焦っている。


 当時はルーカを疑うなんて考えたこともなかった。

 ルーカは我儘で意地悪な乱暴者だったけど、弟みたいに大切な家族だったから。


 それはシャールも、シャールの母親で公爵夫人のリリーナも同じで、いつも台風みたいなルーカに振り回されていたのだ。


 どうして同じことが繰り返されてるんだろう。

 シャールは考える。


 もしかして。


 何かの弾みで過去に戻ってしまったんじゃないだろうか。

 いや、そんな都合のいいことがあるわけない。

 きっと夢を見てるんだ。



 けれど……


 もし本当に過去に戻ったなら。

 いや、もう夢でもいい。


 今回は救えるかもしれないのだ。



 両親も


 自分も



 そしてアルジャーノンも!





「なにぼんやりしてんの。あんな大事なものどこにしまったか忘れるわけないでしょ!どうして嘘つくんだよ!そんなに僕に見せたくないわけ?!」


 考え事をして心ここに在らずのシャールをルーカはギャンギャン責め立てる。


 ……始まった、懐かしいな。

 シャールは心の中でため息をついた。


(昔は大ごとにしたくなくて急いで宥めてたっけ。考えたら子供の頃からずっとルーカの機嫌を窺って生きてきたなあ)


 癇癪を起こすから何をするのもルーカが最優先。少しでも諌めると嘘泣きでシャールの母である公爵夫人に泣きつく。

 父であるアルバトロスは厳しい人だったが、ルーカの言いなりで結局いつもシャールも一緒に罰を受けていたのだ。


 そんな毎日が思い出され、シャールは今までの自分を本当に哀れだと思った。



 だが、今の時点であまり不信感を持たれて警戒されるのは得策ではない。

 シャールは以前のような優しい声でルーカを宥めた。


「本当にごめんね、思い出したらすぐ見せてあげるから泣き止んで。ルーカに泣かれると僕も悲しいよ」


「……ほんと?」


「うん、約束する」


 そう言いながらシャールはルーカの髪を撫でた。

 オメガに多く見られる銀の髪。

 シャールのものより髪色は幾分くすんでいるが、高価な栄養剤や香料をふんだんに使っているのでサラサラといい匂いがしている。


(こんな風に機嫌ばかり取っていたから手がつけられない我儘に育ってしまったんだよな)


「ルーカ、僕少し風邪気味なんだ。大事な弟にうつしちゃいけないから今日は部屋に戻ってくれる?」


 腑に落ちない顔をしながらもルーカは渋々頷いた。









「あー静かになった」



 そう言えばこの家にいた時は、いつも彼に付き纏われていた。

 滅多にない一人きりの静かな時間を楽しむべく、ドアの外で控えていた侍女長にお茶の用意を頼んだ。


「お待たせいたしましたシャール様」


 運ばれて来たのは気持ちを落ち着けるカモミールティー。


「いい香りだね」


「ルーカ様が来られていたのでスッキリするミントも足しました」


侍女長は悪戯でもしたかのように片目を瞑ってみせた。


「流石だね、ありがとう。このパイも大好き!」


「存じ上げてますよ。今回はわたくしが作ってまいりました」


 そう言ってふふっと上品に笑うのは、侍女長であり、シャールの乳母だったマロルーだ。


 ルーカが散々シャールを困らせていることを知っている彼女は、こうして何かにつけてシャールを気遣い側で支えてくれる。


「マロルーの作るお菓子は本当に美味しいね」


 シャールはサクサクと香ばしい音を立ててお菓子を食べながら、泣きそうな気持ちを懸命に堪えた。


 ……三カ月後に控えた婚約式を前に、マロルーはネックレス盗難事件の犯人として鞭打ちされた上に、ここから追い出される。

 皇室に嫁いだあとシャールが手を尽くして探したが、当時の鞭打ちの傷が災いとなったのか彼女は既にこの世にはいなかった。


(今回は絶対そんなことさせない)


 彼女の笑顔を見ながらシャールは誓う。

 その為にはまず、皇室から贈られたネックレスを泥棒から守らなければならない。



「マロルーありがとう。後は自分でやるから」


「はい、承知しました。シャール様」


 マロルーを下がらせ、一人になったシャールはとりあえず今後のことを考えた。

 まず、どうしたら皇太子と結婚せずに済むかだ。


「最初からルーカと結婚してくれたらいいんだけど」


 だが、そうもいかないことはシャールもよく知っている。


 同じオメガでも能力の高いアルファを産めるのは銀の髪に緑の目のオメガだと言われている。

 つまりシャールだ。


 ルーカは髪の色こそ銀ではあるものの、その瞳は残念なことに真っ赤なルビー色。

 赤い目は魔獣と同じことから縁起が悪いと言われ、本来忌み嫌われるものだった。



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