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幻の爆発料理
佐久村志央
文芸・その他ショートショート
2024年09月28日
公開日
3,223文字
完結
僕は知らなかった。母さんが爆発したあとには、料理が生まれるんだって。

第1話

 カンちゃんちの母さんが、昨夜大爆発したらしい。


「いやぁ、宿題終わってないのにずっとゲームしてたのが夜にバレてさ。即ドカン。後処理が大変だったせいで寝不足だわ」


 休み時間、悪びれずにそう言って笑うカンちゃんの髪の毛は、よく見ると少しチリチリになっていた。

 それを聞いた男子達は口々に「大変だったな」とか「俺も経験あるよ」とか、心からカンちゃんを同情して労う言葉をかけていた。だから僕もその場では「わかるよ」なんて言ってみたけど、実はなんにも分かってなんかいなかった。


 だって、うちの母さんが爆発するところなんて見たことがなかったから。


 うちの母さんは息子の僕から見ても、かなりおっとりしたタイプの人で、僕が何か大きな失敗をやらかしても「あらあら、まあ〜」と目を丸くする程度で済んでしまう。

 先週末に僕が一人でゼリーを作ろうとして、ゼラチンとジュースを使い過ぎたせいで深海の化け物みたいな巨大生物を生み出してしまったときも、怒るというよりは驚いたって感じだったし。


 そんな事を考えていたら、僕のちょうど隣に居たクラスメイトのヤッチがとんでもないことを言い出した。


「カンちゃんちのお母さんは、爆発したあと何ができるの?」

「あー、ピザだよ」

「はぁ?」


 僕は思わず変な声を出してしまった。だけどヤッチは驚く様子もなく、なるほどねと頷いている。


「俺んちはね、カップケーキ」

「なんだよめっちゃいいじゃん」

「そうなんだよ。だから実はわざと怒らせてる時もある」


 どんどん僕の知らない話が展開していく。


 どうやら、世の中の母ちゃんという生き物は爆発したあと、その熱をエネルギーとして、どこからか料理が生み出されるらしいのだ。そして、その人ごとにメニューは決まっているらしい。

 他のクラスメイト達からも、お好み焼きだのクッキーだの鮭のムニエルだの、あらゆる焼きものメニューの名前が飛び出すのを聞いているうちに、僕の好奇心はどんどん膨らんだ。


 うちの母さんは、爆発したら何が焼けるんだろう?

 上手くいけば、何か美味しいものにありつけるかもしれない。



 家に帰ると、母さんはパソコンに向かって仕事をしている真っ最中だった。母さんがどんな仕事をしているのか、僕は詳しく知らない。


 ただたまに、パソコンの画面越しに会議をしていることもあって、そういう時の母さんは、おっとり度合いが少なくなってちょっとキリッとしている。

 たぶん、凄腕会社員のフリが上手いんだと思う。


 僕が部屋に入ると、横顔だった母さんはキーボードを打つ手を止めて、僕を振り返った。


「あら、おかえりツカサ。手は洗った?」


 いつもの僕なら「もう洗った」とか「今から洗う」とか、そういう風に答える。

 だけど、今日はちょっと違う返事をしてみることにした。


「イヤだっぷぅ」


 そう、わざと母さんを怒らせて、爆発させてやろうと思ったのだ。


 大きな声では言えないけれど、母さんはあまり料理が上手じゃない。だからうちでは、父さんが料理担当になっているし、なんなら最近では僕のレパートリー数も母さんを抜きつつある。


 だけど、学校で聞いた話だと、爆発した後に出てくる料理はキッチンで作るわけじゃなくて、何もない状態からいきなり生まれるらしいのだ。まるで魔法みたいに。


 だから、この方法なら母さんの美味しい料理が食べれるかもしれない。

 それが、僕の密かな計画だった。


 だけど、母さんは手強かった。


「そっかぁ、イヤかあ。洗った方が良いと思うけどなあ」


 それだけ言って、仕事に戻ってしまったのだ。

 最初の『言うことをきかない作戦』は失敗か。それならば他の手を試すしかない。


「今日返ってきたテスト、0点だった」


 これはヤッチが先週大爆発を引き起こしたという、ずばり『0点作戦』だ。

 目論見通り、母さんはギョッとした表情で僕を見たが、すぐに平静を取り戻してしまう。


「名前でも書き忘れたの? 間違えた問題は復習した方が良いよ」

「あー、うん。そうだね……」


 ダメだ。母さんを爆発させるなんて、できっこない。

 親が口うるさくないのは幸運だと思っていたけど、こんな困難にぶち当たる日がくるなんて。


 出直して次の作戦でも考えよう。そう思って背中を向けた時だった。


「あれ……? このおじさん達、まだ新曲出してたんだ」


 目に入ったのは、棚に飾られたCDケースだった。今朝まではそんなものなかったはずだけど。


 真新しいパッケージの中から父さんよりも一回りくらい年上のおじさんたちが、肩を組んでこっちに笑いかけている。

 この人たち、テレビの振り返り特集で見た気がする。たしか昔は人気アイドルだったんじゃないかな。


 へえ、アイドルっておじさんでもやるんだ。そんな独り言を漏らした瞬間だった。


「お~じ~さ~んですってぇ~?」


 聞いたことのないような恐ろしい声が背後から聞こえたので、おそるおそる振り返ると、これまた見たことのないような恐ろしい顔をした母さんが立ち上がったところだった。


「え、あ、いや、このCDの人、前にテレビで見たおじさんだよねって話」

「私の王子様、レボリューションズがおじさんですってぇ?!」


 みるみるうちに、母さんは風船に空気を入れたみたいにみるみる膨らみ始めた。今にも破裂してしまいそうだ。


 僕はにわかに焦った。誰がこんなところに母さんの起爆剤があると予想できただろう。王子様だろうと牡牛座マンだろうとお星様だろうと、おじさんはおじさんだろうに。


 いやそんなことを考えてる場合じゃない。


「だって、僕から見たら大人はだいたいおじさんだし……」


 必死の言い訳もむなしく空回りして、母さんはパンパンに膨らんだ状態で叫んだ。


「そんな事言うんじゃありません!」


 僕が驚いてぎゅっと目を閉じたのと、ぱあんと乾いた音がしたのはほぼ同時だった。

 母さんが爆発したのだ。

(やってしまった……)

 何をしても怒らない母さんが、こんな簡単なきっかけで爆発するなんて思ってもみなかった。


 しばらくは爆発の衝撃で心臓がドキドキしていたけれど、時間が経って冷静になると、そもそもの発端になった自分の計画について思い出した。


(そうだ、学校で聞いた通りなら、何か料理が生まれているはず……)


 僕は母さんの爆発料理を食べたくてこれを始めたんだった。母さんの料理は何だろう?


 緊張半分、期待半分で少しずつ目を開けるとそこには――真っ黒に日焼けした母さんが立っていた。


「母さんっ?! なにその格好?!」


 夏休み毎日外で野球をやってるカンちゃんだってこんなに黒くはない。まるで絵の具が何かを塗ったみたいな見事な焼き色だった。

 母さんも驚いたみたいだったけど、しげしげと体中を見回した後、アハハと豪快に笑った。


「やっだー、懐かしい! 私ね、昔はまあまあのギャルだったの。日焼けサロンでめちゃくちゃ肌を焼いてたの思い出しちゃった」

「ギャル……? 日焼けサロン……?」


 全然分からない。

 とにかく、母さんの爆発は、「焼く」は「焼く」でも、料理じゃなくて、肌を焼く方に特化しちゃったってこと?


 ギャルだとそうなるの? ていうか、母さんギャルだったの?

 いや、ギャルって何?


 今日の僕のワクワクとドキドキを返してくれ。


 頭を抱える僕を見た母さんは、愉快そうに僕の肩を持ってユサユサと揺すった。


「ツカサ! あんたって子は変なことばっかり気がつくんだから。そんなことやってる暇あるなら宿題しなさいよ。あとテストの見直しも! あと手洗いも! ほら早く!」


 なんか母さん、見た目と一緒にキャラまで変わってない?

 もしかして、会議で凄腕会社員のフリをするみたいに、普段のおっとりキャラもフリだったってこと?!


 そうツッコム隙も僕に与えず、母さんは再びメロンパンくらいまで膨らんでいた。だから僕は慌てて「わかったってば!」と叫び返して自分の部屋に逃げ込む。


 僕はベッドに倒れ込んで、大きく息をついた。


 あぁ危ないところだった。また母さんを爆発させたら今度は僕まで真っ黒に日焼けさせられちゃうかもしれない。


 こんなわけで、僕の計画は不発に終わった。

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