「そうか。……もう、会えないんですね」
青年が気遣わしげな表情になる。律は自分に突き刺さる視線を振り払うように顔を逸らす。
花音は気づいていたのだろう。律の言っている人物と、彼女の父親が同一人物であることに。それをひた隠しにしていた理由は、律がその死を知らないと感じ取ったから。
律を悲しませたくなかったから。
けれど、素直な花音は、嘘が下手だった。
うすうす気がついていたから、心の準備はしていた。していた、つもりだ。
やがて、青年はぽつりと言った。
「あのおっさんはさ、この学校に自分の好きなものをめいっぱい詰め込んだんだ。いわば宝箱だな。それもずっと不完全だったから、今日ようやく完成させてくれて、きっと向こうで喜んでるよ」
「それは……僕も気づきました」
足りなかった一つのピース。花音が入って初めて完成する。
花音の言う通り、どこまでもわがままな人だった。
「そうか。お前、鈍そうだから不安だったけど、わかってるなら良かったよ。気づかせてくれたのは、でも、あの子なんだろうな」
「……え?」
話がかみ合っていない気がする。律が首をかしげるのに気づかず、青年は続ける。
「あの人、ずっと気にしてたんだよな。お前の後見人になった方がいいのかとか、友達一人もいなくていいのかとか。そのうち、運営者のおっさんから連絡くるんじゃないか」
「……? 花音のこと、ですよね?」
「あの子、花音っていうの? あの人、それも教えてくれなくてさ。……ああいや、あの子のこともだけどさ、俺が言ってるのはお前のことだよ。あのおっさんのお気に入り。……まあ、子どもの頃に別れた娘への罪滅ぼしみたいな気持ちだったのかもしれないけど」
「何を言って――……」
青年を問いただそうとしたとき、花音の言葉が、ふいにフラッシュバックした。
――あたし、律がいなきゃ、一つも暗号解けた気がしないや。
「……っ」
いくつもの情報が、一気に頭の中に入ってきた。暗号と、律のつながり。不自然なほどこだわっていた「虫」というキーワード。
「……じゃあ、やっぱり、花音が僕と会ったのは偶然じゃなくて……」
「あー、必然じゃあないけど、偶然とも言えないってところじゃねえ? 友達っていったって、相手はかわいい娘さんだしな。悪い虫とは言わないけど、そういう対象になりそうなヤツを近づけるのは、親として嫌だろうし?」
確かに、律にしか解けない謎ではなかった。けれど、花音一人では相当難しかったはずだ。
彼は予見していたのだ。もし花音が学園内に立ち入ったときには、校舎内をうろついている律と、高い確率で遭遇するだろうと。
花音が困っていたら、律が助けてくれるように。
律が寂しがっていたら、花音が友達になってくれるように。
けれど、可愛い娘を持つ父親としては……。
「ど、どうしたんだ、栗山」
思わず吹き出した律を、ぎょっとしたように青年が見つめる。気味悪がられていると判っていても、律は笑いをとめることができなかった。
暗号内にくどいほど繰り返された「虫」の数々。あれは律に対する